

コーナー出口でアクセルを抜くと、リアが突然流れ出して修正が間に合わないことがある。
セミトレーリングアームとは、スイングアームのピボット(回転)軸が車体の横軸に対して斜めに配置された独立懸架サスペンションの一種です。ピボット軸が車体に対してほぼ垂直に設置されるフルトレーリングアームと違い、斜めに角度をつけることでサスペンションが上下にストロークするときにキャンバー角とトー角が同時に変化する仕組みになっています。これにより、コーナリング時に外側のタイヤがネガティブキャンバー(タイヤ上部が内側に傾く状態)かつトーイン方向に動くため、操縦安定性を高める方向にジオメトリーが働く、というのが最大のメリットです。
この方式を最初に量産車に採用したのはBMWで、1960年代にさかのぼります。世界初の量産ターボカーといわれるBMW 2002にもリアサスペンションとして搭載されており、当時の最先端技術でした。日本では1967年8月に発売された510型日産ブルーバードが国内初採用、その後GC10型スカイライン2000GT、マークII(3代目~5代目上位グレード)、セリカ(2代目~3代目上位グレード)、カリーナ、初代ソアラ上位グレードなど、FRスポーツの定番サスペンションとして広く普及しました。
構造のシンプルさも大きな特長です。サブフレーム(メンバー)、左右のスイングアーム、コイルスプリングとショックアブソーバーの3点が基本で、ブッシュ(ゴム製の緩衝材)の数もマルチリンクサスペンションに比べてはるかに少なく、製造コストを抑えられます。独立懸架なので左右のタイヤが互いに干渉せず、乗り心地も固定式車軸より有利です。アームが後方から引っ張られる構造上、縁石や段差を乗り越えるときの衝撃が逃げやすく、サスペンションのストロークも長く取りやすいため、当時の路面条件では非常に優秀な性能を発揮しました。
つまりシンプルで優れた独立懸架ということですね。
しかし、これほど優れた構造を持ちながら、現代の乗用車からはほぼ完全に姿を消しました。その理由こそがセミトレーリングアームの持つ根本的な欠点にあります。この欠点を理解しておくと、旧車オーナーとして日常的な乗り方やメンテナンスの優先順位が大きく変わってきます。
| 採用車種(国内主要例) | 採用時期 | 備考 |
|---|---|---|
| 日産 ブルーバード(510型) | 1967年~ | 国内初採用 |
| 日産 スカイライン(GC10型) | 1968年~ | 2000GT グレード |
| トヨタ マークII(3~5代目上位) | 1970年代~ | 上位グレードのみ |
| トヨタ セリカ(2~3代目上位) | 1970年代~ | 上位グレードのみ |
| 日産 スカイライン(R31まで) | 1985年まで | R32よりマルチリンクへ移行 |
| BMW 3/5シリーズ(E30まで) | 1980年代まで | E36よりマルチリンクへ移行 |
参考:セミトレーリングアームの採用車種と構造については、ウィキペディアのまとまった解説が参考になります。
セミトレーリングアーム式サスペンション - Wikipedia
セミトレーリングアームが現代から姿を消した最大の理由は、「コンプライアンスステア」による危険な挙動にあります。少し専門的な言葉ですが、実際の運転シーンに置き換えると非常に身近な問題です。
コンプライアンスステアとは、タイヤに横方向の力や後方への力(ブレーキング力)がかかったとき、ピボット部分のゴムブッシュがたわんでアームが動き、結果としてタイヤのトー(向き)が変化してしまう現象です。セミトレーリングアームの構造上、横力にも後方引っ張り力にも「トーアウト」(タイヤが外向きに開く方向)に反応しやすい特性があります。トーアウトになるということは、リアタイヤが外側を向いてしまい、クルマ全体がオーバーステア気味の動きをするということです。
特に危険なのが、高速コーナリング中のアクセルオフまたはブレーキングです。アクセルを踏んでいる状態では、駆動力によってサブフレームが前方に押し出される力が働くため、トーアウト傾向はある程度相殺されます。ところがコーナーの中盤や出口でアクセルを抜いた瞬間、その抑え込む力がなくなり、横力と後方への力が同時に外側後輪にかかって、タイヤが一気にトーアウト方向に動きます。これがリアのスピンモードに直結します。
危険な現象です。
日産スカイラインがR31世代までセミトレーリングアームを採用し、R32以降にマルチリンクサスペンションへ移行したのは、まさにこのコンプライアンスステア問題を根本から解決するためでした。E30 BMW M3もセミトレーリングアームを採用しながら高い評価を得ていましたが、これはBMWの徹底したセッティングとサブフレームのスパン(幅)を広げてブッシュへの応力を分散させる工夫によるもので、一般的な設計のままでは限界があります。
各メーカーはこの問題をどうにか解決しようと、以下のような改良を加え続けました。
旧車オーナーがセミトレーリングアーム車を高速コーナーで攻める場合、特にアクセルオフのタイミングに細心の注意が必要です。現代のマルチリンク車と同じ感覚でコーナー中にアクセルを抜くと、想定以上のリアの動きに驚くことがあります。スキルより先に、この構造的特性の理解が条件です。
参考:コンプライアンスステアとセミトレーリングアームの欠点について、専門的な視点から詳しく解説されている記事です。
セミトレ研究序説 Ⅱ;セミトレの基本的な動きとその長所・短所 - みんカラ
セミトレーリングアーム車を車高ダウンする際に、必ず理解しておきたい現象があります。それがアームの「バンザイ状態」です。
通常、セミトレーリングアームはアームのピボット(車体側取り付け点)が車軸(タイヤ側)よりも若干高い位置にあり、アームが前方下がりの姿勢をとるように設計されています。この「前下がり」の姿勢自体にも副作用があり(後述のテールスクォートの原因になる)、セッティングは非常にデリケートです。
ここで車高を大幅に下げると何が起きるのか。スプリングが縮んだ分、ピボット位置はそのままなのにタイヤ側のアーム端が下がることができなくなり、逆にアーム全体が上を向く「バンザイ状態」になります。A4サイズの紙を前に向かって水平に持っているイメージから、先端をぐっと上方に持ち上げた状態をイメージしてください。この角度になると、サスペンションが上下にストロークしようとするとき、アームは本来の方向と全く異なる動きを強いられます。
これが問題です。
バンザイ状態になるとどんな影響が出るのか、具体的に整理します。
この問題への対策として、「トラクションブラケット(トラブラ)」と呼ばれるパーツがあります。アームの車体側取り付け位置を数センチ下方にオフセットさせることで、車高を下げた状態でもアームを水平近くに戻し、本来のジオメトリーを維持できるようにするものです。ハコスカ(C10スカイライン)などのセミトレーリングアーム車をローダウンする際には、このトラブラの装着が事実上必須と言われています。
また、過度なネガティブキャンバー(ハの字)は見た目のインパクトがある反面、タイヤの有効接地幅が大幅に減少してブレーキ性能やトラクションを著しく落とします。タイヤの内側だけが急速に摩耗するため、高価なタイヤをわずか数千キロで廃棄することになります。経済的な損失は思いのほか大きいです。
参考:セミトレーリングアーム採用のハコスカをローダウンする際の注意点と具体的対策を詳しく解説しています。
踏めるハコスカのシャコタンへ!車高調と足回りカスタムの完全ガイド - classicfrontier
セミトレーリングアームは構造がシンプルな分、アームをボディ(サブフレーム)に連結するブッシュ(ゴム製の緩衝材)が非常に重要な役割を担っています。この点がセミトレーリングアーム特有の維持費問題に直結します。
前述のコンプライアンスステア対策として、一部のセミトレーリングアームではメンバー(サブフレーム)のブッシュに意図的にたわみを持たせ、コーナリング時にトーイン方向に動かすトーコントロール機能を持たせた設計がありました。このブッシュが機能しているうちは効果的ですが、ゴムは経年劣化で徐々に硬化・ひび割れしてたわみ特性が変化します。本来のトーコントロール機能を失ったブッシュは、トーアウト傾向が増大するだけでなく、アーム全体の位置精度が崩れてアライメントが狂います。
ブッシュ劣化の怖さはここにあります。
アライメントが狂うと具体的にどんなことが起きるのか。まずタイヤが偏摩耗します。トーが外側に開いていると、タイヤの外端だけが路面を引きずるように消耗し、新品タイヤが1万キロ程度で内側や外側だけ丸坊主になるケースもあります。また直進時に微妙にハンドルが取られる感覚が生まれ、長距離ドライブで疲労感が増します。さらに高速走行時の安定性が低下し、車線変更や緊急回避のときに車が予測より大きく動く危険性も出てきます。
この問題をさらに複雑にするのがデフマウントゴムの存在です。セミトレーリングアームでは、デフマウントの横方向剛性を高めることがコンプライアンスステア対策として有効です。しかしデフマウントを固めすぎるとデフから発生する振動や騒音が後部座席などに伝わりやすくなり、乗り心地が悪化します。このトレードオフがセミトレーリングアームの維持を難しくしている要因の一つです。
対策として以下の点を定期的に確認することが重要です。
セミトレーリングアームのオーバーホール(分解整備)では、これらブッシュ類をすべて新品に交換することが、本来の性能を取り戻すための最低条件です。「足回りが何となくフラフラする」「タイヤの減り方が左右で違う」という症状が出ている車両では、まず疑うべきポイントです。
参考:BWMのセミトレーリングアーム車のアライメントとブッシュ劣化の関係について実例を交えて解説しています。
アライメント調整の費用と事故歴なしでの規定値逸脱原因 - BMW Fun
セミトレーリングアームには、前述のコンプライアンスステアやバンザイ状態以外にも、日常的な不満につながる欠点が2つあります。「テールスクォート」と「NVH(騒音・振動・ハーシュネス)問題」です。この2つは地味ですが、長期間乗り続けるとじわじわ快適性や安全性を蝕みます。
テールスクォートとは、発進・加速時にリアが沈み込む(後下がりになる)現象のことです。セミトレーリングアームでは、アームピボット(車体側取り付け点)が車軸(タイヤ側)よりも低い「前下がり姿勢」をとる設計が多くあります。後輪駆動(FR)車が加速するとき、駆動力の反力がアームの前端(ピボット部分)を下に押しつけ、リアサスペンションが縮む方向に力が働きます。これがテールスクォートです。
テールスクォートが起きると、加速時に車体後部が沈み込んで荷重が後輪に集中するため、一見トラクションが増えるように見えますが、実際は前輪の荷重が抜けてステアリングが軽くなりすぎる傾向があります。これはFR車の高速直進安定性を微妙に低下させる要因になります。また、荷物をたくさん積んだ状態や、後部座席に大人が乗っているときはこの現象がより顕著に出やすくなります。
意外ですね。
NVH問題は、セミトレーリングアームがボディ(サブフレームを含む)に対して剛結合している点が4点しかないことに起因します。具体的には左右のサブフレームブッシュとコイルスプリング上部のアッパーマウント部の計4点のみです(デフマウント部を副結合として含めても5点)。これに対して、たとえば20系ソアラや70系スープラのサブフレームはボディとの結合点が6点あり、比較すると剛性・精度の面で大きな差があります。
結合点が少ないということは、路面からの振動やデフから発生するノイズがゴムブッシュを通じて直接ボディに伝わりやすくなるということです。特に高速道路でのロードノイズ、段差通過時の衝撃音、高回転域でのデフノイズなどは、マルチリンク車と比べてセミトレーリングアーム車の方が室内に入り込みやすい傾向があります。
旧車オーナーの場合、これらの振動や音はある程度「旧車の味」として許容されることも多いですが、NVH悪化の原因がブッシュ劣化にある場合はメンテナンスで改善できます。走行中のロードノイズが気になり始めたら、ブッシュの状態を確認してみるのが先決です。
参考:フルトレーリングアームとセミトレーリングアームの特性の違いを実際の車種事例とともに詳しく説明しています。
【くるま問答】トレーリングアーム式、「フル」と「セミ」の違いとは - Webモーターマガジン
セミトレーリングアームの欠点を知ったうえで、現代のサスペンション技術と比較してみると、なぜマルチリンクがここまで普及したかがよくわかります。また、旧車のセミトレーリングアーム車をどう扱えばよいかのヒントも見えてきます。
マルチリンクサスペンションは、1980年代後半にメルセデス・ベンツ190E(W201)が採用したことで一気に広まりました。セミトレーリングアームが1本のスイングアームで前後・左右・上下の力をすべて受け持つ構造なのに対し、マルチリンクは複数のリンク(アーム)がそれぞれ異なる方向の力を分担する設計です。これにより、キャンバー変化とトー変化を独立してコントロールでき、コンプライアンスステアによるトーアウトを構造レベルで抑制できます。
日産はR32スカイライン(1989年)でマルチリンクを採用し、R31以前のセミトレーリングアームに比べてコーナリング安定性が劇的に向上したと評価されました。BMWも現在は「5リンク」と呼ぶマルチリンクを全車種に採用していますが、これはセミトレーリングアームの技術的な知見を最大限活かしながらリンクを増やして欠点を補った構造であり、セミトレーリングアームの「進化版」とも言えます。
結論はマルチリンクの優位性です。
では、セミトレーリングアーム車に乗り続けるオーナーは何をすべきでしょうか。構造的な欠点を完全に消すことはできませんが、以下のアプローチで欠点を最小限に抑えることができます。
セミトレーリングアームは確かに欠点を持っていますが、それはこの方式が「構造の限界まで突き詰められた独立懸架」だったことの裏返しでもあります。1960年代の設計・製造技術の中で生み出されたこのサスペンションは、当時の条件では十分以上の性能を発揮した、歴史的に見ても重要な技術です。欠点を理解したうえで正しく付き合えば、今でも十分な安全性と走行性能を維持できます。正しい知識と適切なメンテナンスが条件です。
参考:セミトレーリングアームの欠点と改良の歴史、マルチリンクへの移行経緯についての詳細なサスペンション技術解説です。