

セラミックエンジンのラジエーターが「不要」になると、燃費が逆に悪くなることがある。
セラミックエンジンとは、シリンダーやピストン、ターボチャージャーなどのエンジン主要部品に、金属ではなくセラミックス素材を使った内燃機関のことです。一般的なエンジンでは、燃焼時に発生する熱を冷却水で逃がす仕組みが不可欠ですが、セラミックスの高い耐熱性を活かせば、その冷却システム自体を省略できるという発想から生まれました。
このエンジンは「断熱エンジン」とも呼ばれます。冷却損失をゼロに近づけることで、エネルギー効率を飛躍的に上げることが目標でした。
通常のガソリンエンジンやディーゼルエンジンのエネルギー効率は20〜30%程度と言われています。つまり燃料が持つエネルギーのうち、約70〜80%は熱として大気中に捨てられているのです。冷却水に逃げる分だけでも、全体のエネルギーロスの約20%を占めるとされており、この損失をセラミックスで解消しようというのが、セラミックエンジン開発の根本的な動機でした。
素材として注目されたのが、窒化ケイ素(Si₃N₄)です。融点は約1900℃に達し、ガソリンエンジンの燃焼室が到達する最高温度(約2000℃)にも十分対抗できると期待されました。さらに重さは鉄の約3分の1で、アルミニウムと同程度の軽さでありながら、融点はアルミの3倍近い1900℃という高スペックを誇ります。これほど軽くて熱に強い素材は、それまでの工業材料にはほとんど存在しませんでした。
つまり革命的な可能性を秘めた素材だったということですね。
冷却装置が不要になれば、エンジン本体はよりコンパクトかつ軽量になり、その分車全体の燃費向上にも直結します。加えて、ラジエーターやウォーターポンプなどの補機類が省略できるため、構造をシンプルにできるメリットもありました。これらの特性が重なり合い、「夢のエンジン」として1980年代の自動車業界と研究機関が一斉に開発に乗り出したのです。
日本セラミックス協会ミュージアム:断熱エンジンの概要と開発背景(セラミックス使用の冷却不要エンジンについて詳しく解説)
セラミックエンジンの基本的な仕組みは、一般的な内燃機関と同じです。吸気・圧縮・燃焼・排気という4行程(4ストローク)を繰り返すことでエネルギーを取り出します。ただし、エンジン内部の主要な接触面にセラミックス(主に窒化ケイ素)を用いることで、熱が外部へ逃げにくくなるよう設計されています。
具体的には、シリンダーライナー・ピストン・ピストンリング・バルブなどの燃焼室まわりをセラミックス製にすることで、断熱効果を生み出します。
セラミックスは金属に比べて熱伝導率が低いのが特徴です。ステンレス鋼の熱伝導率が約15W/(m·K)であるのに対し、窒化ケイ素は約20〜30W/(m·K)と実は大きな差はありませんが、エンジンブロックとセラミックライナーの間にエアギャップ(空気層)を設けることで、そこが断熱層として機能する仕組みになっていました。研究によれば、このエアギャップこそが断熱の本命であり、素材そのものより設計上の工夫が大きく寄与していたとされています。
セラミックスが持つもうひとつの重要な特性は、自己潤滑性と耐摩耗性です。これらの性質により、エンジンオイルに依存する潤滑の必要性を一部軽減できる可能性があり、摩擦によるエネルギーロスを低減できると期待されました。耐久性も高く、理論上はエンジン寿命の延長にもつながります。
これは使えそうです。
いすゞ自動車と京セラの共同開発チームが試作したセラミックディーゼルエンジンは、排気量2800ccの3気筒ディーゼルエンジンで、シリンダーやピストンに窒化ケイ素製のファインセラミックを採用していました。アルミブロックにセラミック製ライナーを嵌め込む構造を採用し、燃焼室まわりをほぼオールセラミック化するという、当時としては非常に先進的な設計でした。
セラミックエンジンの開発の歴史は、実は軍事技術から始まっています。1970年代後半、アメリカの大手ディーゼルエンジンメーカー「カミンズ・エンジン・カンパニー」に勤める日系2世エンジニア、ロイ・カモ氏がその先駆者です。カモ氏は1948年からカミンズの熱機関研究所でエンジン一筋に研究を続け、70年代末にセラミックエンジンの研究に着手しました。
開発の出発点は、民間向けではなく「装甲戦闘車両(AFV)」のためのエンジンでした。
戦車や装甲車のラジエーターは車体上面に設置されるため、航空機からの銃撃・爆撃に対して非常に無防備です。ラジエーターなしで動くエンジンが実現すれば、車体全体を装甲で覆うことができ、戦場での被弾リスクを大幅に下げられます。これが米国防総省がセラミックエンジン開発を後押しした直接の動機でした。
1982年には試作セラミックエンジンを米陸軍の5トントラックに搭載し、インディアナ州コロンバスからワシントンD.C.まで約1.6万kmにのぼるデモ走行を実施。この成果を同年の米国SAEでカモ氏が発表すると、世界中のエンジンメーカーがこの技術に殺到しました。
日本では石油ショックを背景に、国主導で自動車の燃費改善技術の開発が急加速していました。1980年代は「セラミックフィーバー」とも呼ばれるほどの熱狂があり、このセラミックエンジンへの期待は一般消費者にまで広がりました。欧米では専門家の間でしか知られていなかったこの技術が、日本では「近い将来、すべてのクルマのエンジンがセラミックになる」という雰囲気で語られるほどの社会現象となったのです。
厳しいところですね。
日本では、いすゞ自動車が最も本格的な研究に取り組んでいました。京セラの高精度なセラミック製造技術と組み合わせて、排気量2800ccの3気筒ディーゼル試作エンジンを完成させています。研究者の証言によれば、「カミンズでの研究よりも深いところまで入れた」とされるほど、日本製セラミックの加工精度の高さが際立っていました。慶應義塾大学や東京工業大学なども研究に参加し、産学連携で技術の実用化を目指していたのです。
セラミックエンジンが「夢で終わった」最大の理由は、熱を逃がさない特性が、むしろ別の問題を引き起こしたことにあります。冷却損失を減らせても、そのトレードオフで生まれる問題が3つ重なり、総合的なエネルギー効率はむしろ低下する場面があったのです。
1つ目の壁:吸気効率の大幅な低下
セラミックエンジンではシリンダー壁面が高温を保ったままになります。吸気バルブから空気が入ってくる「吸気行程」のときも、シリンダー内部が赤熱状態に近いため、入ってきた空気が即座に加熱されて膨張します。空気は温度が上がると密度が下がるので、シリンダーに吸い込める空気の量が大幅に減少するのです。これが「体積効率の低下」と呼ばれる現象で、パワーが出ない根本的な原因になりました。
2つ目の壁:NOx(窒素酸化物)の排出量増加
燃焼温度が上がると、空気中の窒素と酸素が反応してNOxが大量に発生します。1980〜90年代は排ガス規制が急速に強化されていた時期であり、NOxをいかに抑えるかがエンジン開発の最優先課題でした。断熱によって燃焼温度を上げる方向性は、この規制と真っ向から対立するものでした。
3つ目の壁:製造コストと加工難度の高さ
セラミックスは「脆性材料」として知られており、金属のように曲げたり削ったりする加工が非常に難しい素材です。高精度な部品を量産するためには専用の焼結技術や精密加工設備が必要で、当時のコストは金属部品の数十倍に及ぶこともありました。大量生産が前提の自動車産業では、この価格差は致命的でした。
研究者の証言によると、セラミックDEは「冷却水に逃げる熱分はすべて回収できるくらいの加工精度と性能を持っていた」としつつも、「PV線図(エネルギーの変換を示す図)としては得をしていない」という結論に至りました。つまり、冷却水には熱を逃がさなくても、吸気時に新気を加熱してしまい、結果としてエネルギーの帳尻は合わなかったのです。
結論は「トータルの熱効率向上に寄与しない」でした。
WEB CARTOPの解説記事:セラミックエンジンが消えた理由(吸気効率と冷却損失の技術的問題をわかりやすく解説)
セラミックエンジンは実用化されませんでしたが、その研究過程で培われた技術は、今の車に確実に受け継がれています。これが「セラミックエンジン開発の本当の成果」といえる部分です。
最も広く普及したのが、セラミックターボチャージャーです。ターボチャージャーは排気ガスのエネルギーで羽根(タービンホイール)を高速回転させ、吸入空気を圧縮してエンジン出力を高める装置です。この羽根の部分に窒化ケイ素製セラミックスを使ったのがセラミックターボで、1985年頃から市場に登場しています。
セラミック製タービンホイールは、金属製と比べて重さが約3分の1です。これによりターボラグ(アクセルを踏んでから効き始めるまでの遅れ)が大幅に短縮され、よりスムーズな加速フィールが実現しました。軽くなった分だけ回転の立ち上がりが速くなるためです。日本のターボ車が1980〜90年代に一気にスポーツ性能を向上させた背景には、このセラミックターボの普及も一役買っていました。
次に、セラミックグロープラグです。ディーゼルエンジンでは、エンジン始動時に燃焼室内の空気を予熱するためのグロープラグが必要です。セラミック焼結体を発熱素子に使ったセラミックグロープラグは、急速昇温性と耐熱性・耐久性に優れており、冬場の始動性を飛躍的に改善しました。金属製グロープラグは予熱に数秒かかりましたが、セラミック製は2秒以内に所定温度に達するものも登場しています。これは知っておくと得する情報ですね。
また、スパークプラグ(点火プラグ)の絶縁碍子部分にも、昔からアルミナ系セラミックスが使われています。耐熱性・電気絶縁性ともに優れたセラミックスは、毎回の点火の衝撃と熱を受け止めるプラグの要として不可欠な素材です。さらに、排気ガス中の有害物質を浄化する三元触媒のハニカム担体(触媒を保持する格子状の構造体)にも、セラミックス(コージェライト)が使われています。世界で走る自動車の2台に1台は日本ガイシ製のセラミックハニカムを搭載しているという統計もあり、現代の排ガス規制対応にセラミックは欠かせない存在となっています。
セラミックは自動車には欠かせない素材です。
セラミックエンジン研究が「失敗」で終わったとしても、その副産物として生まれたセラミック部品技術は、今や普通に街を走る車の中で静かに機能し続けています。夢を見た1980年代があったからこそ、今の技術がある——そういう側面もあるのです。
日本セラミックス協会:セラミックターボチャージャーの実用化と市場登場の経緯(1985年〜現在の活用状況)
電動化(EVシフト)が急加速する現代において、セラミックエンジンの夢は完全に終わったのでしょうか? 実はそうとも言い切れない状況が生まれています。
EVやハイブリッド車においても、セラミックス技術の需要はむしろ拡大しています。車載用全固体電池のセパレータや固体電解質にセラミックス系材料が使われ始めており、次世代バッテリーの心臓部にセラミックスが入ろうとしています。また、モーターの絶縁部品や熱管理部品にも、耐熱・絶縁・非磁性という特性を持つセラミックスが適しているため、電動化の波に乗って用途が広がっています。
意外ですね。
内燃機関のセラミックエンジンという形ではなかったとしても、「熱効率を上げるためにセラミックを使う」という発想そのものは、形を変えて生き続けているのです。
また、航空宇宙分野では、CMC(セラミックマトリックスコンポジット:セラミック繊維で強化したセラミックス複合材)がジェットエンジンのタービンブレードに使われ始めています。CMCは金属より軽くて高温に強く、これまで不可能だった高温域での運転を可能にしています。かつてスペースシャトルの断熱タイルに使われていたセラミックの技術が、今度は航空機エンジンで実用化されているわけです。
自動車への応用も時間の問題という見方もあります。
将来的にこの技術が自動車にフィードバックされれば、1980年代の研究者たちが夢見た「セラミックエンジン」のコンセプトは、全く別の姿で復活する可能性があります。現時点では、エンジン全体をセラミックにする必要はなく、燃焼室の一部だけを遮熱コーティング(セラミックスのような断熱材料で薄くコーティングする技術)にする「ハーフウェイ」のアプローチも研究されています。
セラミックの可能性はまだ終わっていません。
セラミックエンジンの歴史を学ぶことは、単なる「消えた技術の話」ではありません。自動車の燃費とエネルギー効率を追求し続けた人間の知恵と挑戦の記録であり、現代のEVシフトや次世代エンジン開発にまで続く一本の線でつながっているのです。車が好きな人、これからの自動車技術に興味がある人には、ぜひ深く知っておいてほしいテーマのひとつです。
大手セラミックスメーカーによる自動車用セラミックスの現状解説(EV用途を含む最新の活用事例)

車用ウレタン接着剤 - 21.6cm耐熱カー補修シール材付き | 300ml耐水ブラックボンド | 自動車用高強度パテ補修剤 シーリング材 | エンジン ヘッドライト サンルーフ 隙間補修用耐久接着剤