
ターボラグとは、ターボチャージャー搭載車でアクセルを踏み込んでから実際にパワーが立ち上がるまでに生じる遅れのことです。この現象は、排気ガスでタービンを回転させて過給するターボチャージャーの構造上、避けられない特性といえます。アクセルオフ時や低回転域では排気ガスの量が少なく、タービンの回転数が低下してしまうため、再びアクセルを踏み込んでもタービンが十分な回転数に達するまで時間がかかるのです。特にコーナーが連続するワインディング走行では、アクセルのオン・オフが頻繁に繰り返されるため、ターボラグがドライバビリティを大きく損ねる要因となります。
参考)ミスファイアリングシステムとは?モータースポーツ発祥の技術?…
ターボラグの根本的な原因は、タービンやコンプレッサーホイールといった回転部品の慣性にあります。これらの部品には一定の質量があり、回転を始めたり停止したりする際に時間がかかるのです。さらに、アクセルオフ時には燃料噴射が停止され、排気ガスの温度と圧力が急激に低下します。この状態からアクセルを再び開けても、排気ガスの量と温度が十分に上昇するまでタービンは本来の回転数に戻りません。シリンダー内の残留ガスも新気の流入を妨げ、応答遅れの一因となっています。ターボラグは一般的に2秒程度と言われますが、エンジンの状態や運転条件によって大きく変動します。
参考)モータースポーツ生まれの技術、ミスファイアリングシステムとは…
ミスファイアリングシステムは、アンチラグシステムとも呼ばれ、ターボラグを解消するために開発された技術です。このシステムの仕組みは、アクセルオフ時に意図的にエンジンの失火状態を作り出すというものです。具体的には、①アクセルオフ時に1気筒分の点火時期を大幅に遅角させ、②上死点後に点火して混合気を燃焼させながらエキゾーストマニホールドへ排出し、③次の気筒では点火をカットして未燃焼の混合気をそのまま排出します。さらに④電子制御スロットルの開度を調整してエアを取り込み、⑤エキゾーストマニホールド内で混合気を燃焼させることで、タービン直前で燃焼圧力を生み出し、タービンの回転を維持するのです。
参考)https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
ミスファイアリングシステムの最大のメリットは、コーナーからの立ち上がり加速を大幅に改善できることです。モータースポーツにおいて重要なのはコーナー脱出速度であり、早く加速状態に持ち込むことでタイムを稼げます。特にラリーやジムカーナのような加速減速が激しい走行では、このシステムが非常に有利に働きます。ランサーエボリューションⅢには、WRC参戦のためのホモロゲーション取得を目的として、このシステムが標準装備されていました。中低速コースでのレースや初速を重視するドラッグレースなどでも、常にターボを正常に作動させられるこのシステムは大きなアドバンテージとなります。
参考)ランエボに搭載されたミスファイアリングシステムとは?仕組みか…
ミスファイアリングシステム以外にも、ターボラグを軽減する技術は多数存在します。小型・低回転向きのターボチャージャーを使用することで、回転する質量が減少しレスポンスが向上します。可変ノズルターボは、排気ガスの流量に応じてノズルの角度を変化させ、低回転域から高回転域まで常に最適なブースト圧を得られます。ツインターボやシーケンシャルツインターボは、2つのターボチャージャーを組み合わせることで、それぞれの動作範囲を狭めてより効率的にブースト圧を発生させます。近年では電動過給機やツインチャージャー(ターボとスーパーチャージャーの組み合わせ)といった新しい技術も登場し、ターボラグの根本的な解消が図られています。
ミスファイアリングシステムには深刻なデメリットも存在します。最も大きな問題は、エキゾーストマニホールド内で継続的に燃焼を起こすため、エキゾーストマニホールドとターボチャージャーが極端な高温状態になることです。これにより熱害が発生し、周辺部品やエンジン本体の寿命が著しく短縮されます。市販車で使用する場合、熱害対策を施さないと室内が蒸し風呂のようになったり、エンジンルーム周辺から出火する恐れさえあります。また、マフラーから「パンパン」という銃声のような爆発音が発生し、火を噴く現象も起こります。これは派手で目立ちますが、実際には車両にダメージを与えている証拠なのです。燃費の悪化も避けられず、触媒など排気系部品へのダメージも深刻です。
参考)イニDで一躍有名になったWRCの秘密兵器「ミスファイアリング…
実際にミスファイアリングシステムを市販車に取り付ける場合、30万円から50万円程度の費用がかかります。このシステムを導入するには、VProやMOTECなどのフルコンピュータ(フルコン)が必須で、これだけで約30万円前後の費用が必要です。既にフルコンが装着されている車両なら20万円程度で改造可能ですが、別途セッティング費用もかかります。ECUのプログラム書き換えによる対応も可能で、電子制御スロットル搭載のターボ車であればアンチラグシステム仕様にできます。ただし保安基準で直接規制する条項はないものの、車検時には排ガス検査や近接排気騒音検査で不合格となる可能性が高いため、システムのオン・オフを切り替えられるスイッチの装着が無難です。普段の街乗りでターボラグが問題になる場面はほとんどなく、基本的には競技車両用の技術と考えるべきでしょう。
参考)イニDで一躍有名になったWRCの秘密兵器「ミスファイアリング…
youtube
ターボチャージャーそのものにも理解しておくべきメリットとデメリットがあります。メリットとしては、小排気量エンジンで大排気量並みの出力を得られることで、エンジンのダウンサイジングと燃費効率の向上が実現できます。排気ガスのエネルギーを再利用するため、エネルギー効率が高く、高回転域でのパフォーマンスに優れます。一方デメリットとして、低回転域でのターボラグ、構造の複雑さ、エンジンオイルの劣化しやすさ、部品点数の多さによるコスト増などが挙げられます。高温で稼働するため冷却システムにも負担がかかり、メンテナンス頻度が増加します。定期的なオイル交換と正しいオイル選択、エンジン停止後のアイドリングなどの冷却対策が重要となります。
ミスファイアリングシステムは1980年代からF1やWRCで普及し、現在でも日本のSUPER GTなどで使用されています。作動時には頻繁なアフターファイアが起こるため、見た目や音で判断しやすく、特にラリーでは派手なアフターファイアと共にドリフトする姿が観客を魅了しました。ランサーエボリューションⅢ以降のモデルには標準装備されていますが、公道では使えない仕組みにロックされており、使用するにはCPUの書き換えやロック解除が必要です。三菱では「2次エア供給システム」、スバルでは「ミスファイアリングシステム」と呼ばれ、メーカーによって名称が異なります。システムの主役はECUと電子制御スロットルであり、電子制御スロットル搭載のターボ車であればECUのプログラム書き換えで対応可能です。
ミスファイアリングシステムを公道で使用することには多くの問題があります。保安基準で直接規制する条項はありませんが、車検では排ガス検査や近接排気騒音検査で不合格となる可能性が高いのです。燃費の悪化や熱害によるエンジン・排気管の寿命低下から、公道で使用するメリットはほぼありません。完全なモータースポーツ向けの技術であり、一般道での使用は騒音問題や出火リスクなど周囲への被害も懸念されます。マフラーから火を噴く現象は危険であり、周辺部品の寿命を削る原因にもなります。競技専用車両として割り切って使用することが前提であり、ナンバー付き車両で導入する場合は任意でオン・オフを切り替えられるスイッチの設置が必須です。
現代のターボラグ対策は、従来の機械的な改良から電動化技術へとシフトしています。電動アシストターボチャージャー(e-ターボ)は、電気モーターでコンプレッサーを直接駆動することで、排気ガスの量に依存せず瞬時に過給圧を立ち上げることができます。メルセデス・ベンツはF1由来の技術を市販車に応用し、電動ターボによるターボラグ解消を実現しています。また、ボルボの「パワーパルス」のように、圧縮空気をタンクに蓄えておき、低回転時に直接タービンへ送り込む手法も開発されています。これらの新技術は、ミスファイアリングシステムのようなエンジンや排気系へのダメージを伴わず、より安全で効率的なターボラグ対策を実現します。燃料電池車向けの電動過給機など、今後さらに多様な技術が登場することが予想されます。
参考)https://www.mdpi.com/2076-3417/7/4/350/pdf?version=1491035739