

普通に走っているだけでも、コーナーでリアが突然持ち上がって横転することがあります。
スイングアクスル式サスペンションとは、独立懸架(インディペンデント・サスペンション)のなかでも最もシンプルな原始的形式のひとつです。基本的な考え方は「リジッドアクスル(固定車軸)の中央を切り分け、切断部にピンジョイント(ユニバーサルジョイント)を設け、そのピンを車体側に固定する」というものです。左右のタイヤが中央のジョイントを支点として上下に揺れ動く様子が「振り子のスイング」のように見えることから「スイングアクスル(揺動する車軸)」という名称が付きました。
構造をもう少し具体的に説明します。デフ(ディファレンシャルギア)の両サイドに、ユニバーサルジョイントを介してドライブシャフトが伸び、そのシャフトの先端に車輪が固定されています。ポイントは「デフ側にはジョイント(屈曲点)があるが、タイヤ(ハブ)側にはジョイントがない」という点です。つまりドライブシャフト全体がサスペンションアームの役割を兼ねており、タイヤが上下するときはデフ側のジョイントだけを支点として弧を描くように動きます。
つまり、シャフトがアームそのものということですね。
この構造の最大の利点は「部品点数が少なくシンプルで、製造コストが低い」という点にあります。固定車軸(リジッドアクスル)に比べてバネ下重量(サスペンション部分の重さ)が軽くなるため、路面への追従性が向上し、1930〜1950年代の技術水準でも低コストに独立懸架を実現できました。当時の乗用車にとって、独立懸架は「乗り心地と走行性能の大きな改善策」であり、スイングアクスルはその最も手軽な選択肢だったのです。
バネ下重量が軽いのはいいことですね。
スイングアクスルの欠点は、タイヤ側にジョイントがないことに起因するキャンバー角(タイヤの傾き角度)の大きな変化にあります。サスペンションが上下に動くと、ドライブシャフトはデフ側を支点にして円弧を描くため、タイヤが大きくポジティブキャンバー方向(ハの字型)やネガティブキャンバー方向(逆ハの字型)に傾いてしまいます。このキャンバー変化が大きいと、コーナリング時の接地面積が減少し、操縦安定性が損なわれます。これが後述する「ジャッキアップ現象」の根本原因にもつながります。
スイングアクスルが原始的な独立懸架と呼ばれる理由はここにあります。
スイングアクスル式サスペンションの全形式・構造詳細(Wikipedia)
スイングアクスル式サスペンションの原型は、ドイツのアドラー社に在籍していた技術者エドムンド・ルンプラーが1903年に開発したとされています。その後1920年代以降、チェコのタトラ社で独自のジョイントレス・スイングアクスルとして発展し、リアエンジン乗用車に積極的に採用されました。そして1931年、世界初の量産型4輪独立懸架車として知られる「メルセデス・ベンツ 170」が後輪にスイングアクスル式を採用したことで、本格的に自動車業界へ普及していきます。
スイングアクスルが世界的に最も広まったきっかけは、フォルクスワーゲン タイプ1(いわゆる「ビートル」)の大成功です。ビートルは1938年の登場から2003年の生産終了まで、実に65年間にわたって製造された世界的なベストセラーカーであり、1968年まではリアサスペンションにスイングアクスルを採用し続けました。このビートルのコンポーネントをベースに開発されたポルシェ 356(1948年)も、同様にスイングアクスルをリアに採用しています。ポルシェ最初の市販モデルがスイングアクスルを持つという事実は、少々意外に感じるかもしれません。
ポルシェの源流もスイングアクスルだったということですね。
日本国内でも採用例があります。代表的なのが日野 コンテッサ1300と、いすゞ ベレット1600GTです。特にいすゞ ベレットは、1966年に登場した当時の国産FR車としては先進的な後輪独立懸架(IRS)を持ち、「ダイヤゴナルリンク式スイングアクスル」という改良型を採用しています。このダイヤゴナル(斜め)タイプはスイング軸を斜め45度前後に設定することで、バンプ時にトーイン(タイヤが内側を向く)方向に動き、コーナリング安定性を改善した点が特徴的でした。
さらに、ダイハツ・フェローセダン(初代)やフィアット500・600などの小型リアエンジン車も、ダイアゴナル・スイングアクスル方式を採用しています。またスバル360(通称「てんとう虫」)も後輪にスイングアクスルを採用した有名な国産車の一台です。これらはいずれもコンパクトで低コスト、スペース効率の高さを活かした独立懸架を必要としていた車種であり、スイングアクスルの「安く・シンプルに独立懸架を実現する」という利点が最大限に活きた採用例と言えます。
これは意外ですね、スバル360もこの方式だったとは。
ポルシェ356・ビートル・いすゞベレットの詳細解説(Webモーターマガジン)
スイングアクスル最大の技術的問題点は、サスペンションが上下動したときのキャンバー角とトレッド幅の変化量の大きさにあります。これを理解するには、まず「支点の位置」を意識する必要があります。スイングアクスルではドライブシャフト全体がアームとなり、デフ側のジョイントを支点として円弧を描くように動きます。このとき、シャフトが弧を描く半径は「デフ側ジョイントからタイヤ中心までの距離」、つまりドライブシャフトの長さだけです。シャフトが短いほど、同じストローク量でも円弧の曲率が急になり、タイヤの傾き(キャンバー変化)と横方向の移動(トレッド変化)が大きくなります。
ブレーキングで車が前のめりになる(ノーズダイブ)とき、連動してリアサスペンションは伸び側(リバンプ)に動きます。このとき、スイングアクスルのタイヤはポジティブキャンバー(ハの字型に傾く)方向に変化します。タイヤが傾くことでトレッド幅も狭くなり、さらに接地面積も減ります。具体的なイメージとしては、「普通に立っているときに安定していた人が、かかとを上げて爪先立ちになった途端にぐらつく」ような状態に近いでしょう。路面に対して垂直で広い接地面を持っていたタイヤが、突然傾いて接地面が一点に近づく状態です。
接地面が減るというのは、安全に直結する問題ですね。
また、スラローム走行(左右に大きく切り返しながら走る動作)も、スイングアクスルにとっては苦手なシーンです。切り返しのたびに左右のタイヤが交互に大きくキャンバー変化を起こすため、車体が不規則に揺すられ、ドライバーは修正舵を頻繁に当てなければなりません。現代のドライバーが慣れ親しんでいるマルチリンク式サスペンションやダブルウィッシュボーン式のように「ほぼキャンバーが変化しないまま車輪が上下できる」形式と比べると、その違いは歴然です。
キャンバー変化を小さくする対策として「シャフト(スイングアーム)を長くする」という方法も取られました。ドライブシャフトを長くすれば弧の半径が大きくなり、同じストロークでもキャンバー変化が緩やかになります。ホンダ1300(1969年)では、FF車の非駆動リアに対してトレッド幅に匹敵する長さのスイングアームをX字状に配置することで、キャンバー変化を大幅に抑制することに成功しています。これはスイングアクスルの弱点を逆転の発想で克服しようとした工夫の一例です。
シャフトを長くする、というのが現実的な対策ということですね。
スイングアクスルの最も危険な特性が「ジャッキアップ現象」です。急旋回時、タイヤに大きな横方向の力(コーナリングフォース)が発生すると、その力がスイングアクスルの構造を通じて車体を上方向へ押し上げるように働く現象のことを言います。ロールセンター(車体が横方向に傾くときの仮想的な回転中心)が高い位置にある場合に特に顕著に現れます。スイングアクスルは構造上、このロールセンターを低く設定しにくいという根本的な問題を抱えています。
ジャッキアップ現象の流れを追うと次のようになります。①急旋回で外側への遠心力が発生 → ②旋回内側のタイヤに大きな横力が作用 → ③スイングアクスルの幾何学的特性により、その力が車体を「持ち上げる力」に変換される → ④内側のタイヤが路面から浮き気味になる → ⑤さらにキャンバーが崩れ、外側のタイヤにも急激な荷重変動が発生 → ⑥最悪の場合、車体が横転する。
この一連の流れが「雪崩のように一気に進む」点が、スイングアクスルの怖いところです。
この現象が社会問題として爆発したのが、1960年代のアメリカで起きた「シボレー・コルヴェア事件」です。コルヴェアはGM(ゼネラルモーターズ)が1960年から製造した後輪駆動のリアエンジン・コンパクトカーで、リアサスペンションにスイングアクスルを採用していました。消費者活動家のラルフ・ネーダーが1965年に出版した著書「どんなスピードでも安全ではない(Unsafe at Any Speed)」の中で、コルヴェアのスイングアクスル式サスペンションが急旋回時にスピンや横転を引き起こす危険性があると告発。この本はベストセラーとなり、コルヴェアは製品訴訟と社会的批判にさらされ、1969年には生産中止に追い込まれています。コルヴェア事件はアメリカの自動車安全基準強化の直接的な契機となり、現在の製造物責任法(PL法)の整備にも影響を与えた歴史的事件です。
1件の告発本が、自動車史の流れを変えたということですね。
なお、スバル360でも同様のジャッキアップ現象による横転事故が多発したと記録されています。こうした事例が積み重なり、1960年代以降はスイングアクスルに代わってセミトレーリングアーム式やマルチリンク式への移行が急速に進むことになります。
シボレー・コルヴェア事件の詳細と社会的影響(Wikipedia)
スイングアクスルの問題点を克服するために登場したのが、セミトレーリングアーム式サスペンションです。セミトレーリングアーム式は、スイングアクスルとトレーリングアームの中間的な設計思想を持ち、スイング軸(アームの回転軸)を車両の前後方向に対して斜め(約15〜20°)に配置するのが特徴です。この斜め配置によって、バンプ時(サスペンションが縮むとき)にキャンバーがネガティブ方向に変化し、トーがイン方向に動くという「安定方向のジオメトリ変化」を生み出せるようになりました。スイングアクスルに比べてキャンバー変化が抑えられ、操縦安定性が大幅に改善されたため、1970〜1980年代のFR車(後輪駆動車)のリアサスペンションとして広く採用されました。
セミトレーリングアームが安定性を大きく改善した、ということですね。
さらに技術が進化すると、より多くのリンクを用いることでタイヤの動きを精密にコントロールする「マルチリンク式サスペンション」が登場します。マルチリンク式は3〜5本のリンクでアクスルの位置決めを行い、設計の自由度が非常に高いため、乗り心地・操縦安定性・NVH(騒音・振動・ハーシュネス)のすべてを高いレベルで両立できます。現代のスポーツカーや高級セダンのリアサスペンションの多くがマルチリンク式を採用しているのは、この設計自由度の高さが理由です。
スイングアクスル → セミトレーリングアーム → マルチリンクという進化の流れは、「シンプルさを犠牲にして操縦安定性を獲得してきた歴史」とも言えます。スイングアクスルは部品点数が少なく製造コストが低い一方で、キャンバー変化とジャッキアップ現象という宿命的な弱点を持っていました。セミトレーリングアームはその妥協点としての解であり、マルチリンクはコストをかけてでも性能を追求した現代的解答と言えるでしょう。
なお、スイングアクスルが完全に「過去の遺物」かというと、そうとも言い切れません。チェコのトラックメーカー「タトラ」は、2024年時点でも大型トラック「タトラ・フェニックス」のような新型車にスイングアクスル式独立懸架を採用し続けています。タトラのスイングアクスルは乗用車とは異なる商用・軍用トラック向けの設計であり、悪路での高い踏破性と独立した車輪動作の組み合わせを100年近くにわたって継続するという点で、唯一無二の存在感を放っています。
タトラだけは例外です。
現代の一般乗用車においてスイングアクスルを採用している車種は実質的にありません。しかし、その構造から学べる「独立懸架の基礎原理」「ロールセンターとジャッキアップ現象の関係」「キャンバー変化が接地性に与える影響」といった知識は、現代のサスペンション設計を理解するための土台として今も色あせることなく重要です。スイングアクスルの欠点を理解することで、なぜ現代車のサスペンションがあれだけ複雑な構造を持つのかが、自然と腑に落ちてくるでしょう。
現在もスイングアクスルを採用する新型タトラ・トラックの詳細(ベストカーWeb)

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