flexray通信が支える現代自動車の安全と高速制御の仕組み

flexray通信が支える現代自動車の安全と高速制御の仕組み

FlexRay通信が自動車の安全を支える仕組みと役割

あなたのブレーキペダルは、踏んだ瞬間に電気信号だけで止まる時代が、すでに始まっている。


この記事でわかること
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FlexRay通信とは何か

車内のECU(電子制御ユニット)同士が最大10Mbpsで会話する高速通信規格。従来のCANの10倍の速度を誇り、安全・制御系の要となっている。

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CANとの決定的な違い

CANは「早い者勝ち」の通信方式だが、FlexRayは電車のダイヤのように時間割で管理される。信号の衝突ゼロ・遅延ゼロを実現している。

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実際の搭載車種と今後の動向

2006年のBMW X5が世界初採用。ブレーキ・ステアリングのバイワイヤ化や自動運転技術の根幹を支え、現在は車載Ethernetへの移行も進んでいる。


FlexRay通信の基本:ECUをつなぐ高速ネットワークとは





現代の自動車は、エンジン・ブレーキ・ステアリング・サスペンションなど、それぞれを制御する「ECU(Electronic Control Unit=電子制御ユニット)」が複数搭載されています。乗用車1台あたりのECU数は車種によって異なりますが、高級車では50〜100個以上に達するケースもあります。これらのECUが互いに情報を共有するための「車内ネットワーク」が車載通信規格です。


FlexRay通信は、そのような車載ネットワークのひとつです。2000年にBMW・ダイムラー・ボッシュなどが中心となって設立した「FlexRayコンソーシアム」によって規格化が進められました。正式な国際標準としてはISO 17458-1〜17458-5として定められており、現在も世界中の高級・安全系車両に使われています。


最大の特徴は、通信速度が最大10Mbpsであることです。これは、長年にわたり車載通信の主流だったCAN(Controller Area Network)の最大1Mbpsと比べて、実に10倍の速さです。スマートフォンの通信に例えるなら、CANが3G回線、FlexRayがLTE回線に近い感覚です。速度が速いということは、それだけ多くの情報をリアルタイムで処理できるということです。


つまり、FlexRayはECU間の高速通信が基本です。


また、FlexRayはネットワークを2系統(チャンネルAとチャンネルB)で冗長化できます。片方の配線に断線が起きても、もう一方で通信を継続できるため、ブレーキやステアリングなど安全上クリティカルなシステムに適しています。さらに、デュアルチャンネルで同時に異なるデータを送れば、論理的には最大20Mbpsの帯域を確保することも可能です。


FlexRayコンソーシアムは2009年に活動を終了しましたが、FlexRay規格そのものはISO標準として生き続けており、廃止されたわけではありません。これは意外と知られていない事実です。


参考:FlexRayプロトコルの概要・採用事例(MONOist / ITmedia)


FlexRay通信の仕組み:TDMA方式とタイムトリガーの特徴

FlexRay通信が「安全系に強い」と言われる理由は、通信の仕組みそのものに秘密があります。キーワードは「TDMA(時分割多重アクセス)」と「タイムトリガー方式」です。


従来のCANは「CSMA/CA方式」と呼ばれる、早い者勝ちに近いアービトレーション(調停)の仕組みを使っています。複数のECUが同時に通信しようとすると、優先度の高い信号を先に通し、それ以外は待機させるという動きです。これはシンプルで低コストな反面、緊急時に通信が遅れる可能性をゼロにできません。


FlexRayはまったく異なる考え方を持っています。通信時間をあらかじめ「コミュニケーションサイクル」(1〜5ms程度)という単位に分け、各ECUがどのタイムスロットで送信するかを事前に決めておきます。まるで電車の時刻表のように、どの電車(データ)が何時(どのスロット)に出発するかが厳密に定められているイメージです。これにより、フレーム(データパケット)の衝突はゼロになり、常に期待どおりのタイミングでデータが届きます。


これが条件です。


さらにFlexRayには「スタティックセグメント」と「ダイナミックセグメント」という2つの通信領域があります。スタティックセグメントは完全に固定された時間割で動き、ブレーキやサスペンションなど最優先の安全情報に使われます。ダイナミックセグメントはCAN的な柔軟性を持ち、優先度の低い情報のやり取りに使われます。この2つを1つのサイクルに混在させることで、安全性と利便性を同時に実現しているのです。意外ですね。


全ノードが「グローバルタイム」という共通の時間軸で動作するため、マイクロ秒(1/100万秒)単位の精度で同期が取れます。これにより「インサイクル制御」という高度な機能が実現し、たとえば4輪すべてのサスペンション状態を1サイクル内に読み取り、同じサイクル内で制御出力を出すことができます。人間の反射神経の約1,000倍以上の速さで制御が完結するわけです。


参考:FlexRay自動車通信バスの概要(National Instruments)
https://www.ni.com/ja/shop/seamlessly-connect-to-third-party-devices-and-supervisory-system/flexray-automotive-communication-bus-overview.html


FlexRay通信とCANの違い:自動車ユーザーが知るべき比較ポイント

「FlexRayって、CANより新しいだけで似たようなものでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし実際には、設計思想から根本的に異なります。自動車に乗るユーザーの視点で、両者の違いを整理します。


まず通信速度の差は圧倒的です。CANが最大1Mbps、FlexRayが最大10Mbps(デュアルチャンネル時は最大20Mbps)です。数字だけではピンとこないかもしれませんが、これは1秒間に送れるデータ量が最大10〜20倍違うことを意味します。自動運転やADAS(先進運転支援システム)では、カメラ・レーダー・各種センサーからの情報をミリ秒以下の遅延で処理する必要があるため、この差は乗客の安全に直結します。


| 項目 | CAN | FlexRay |
|---|---|---|
| 最大通信速度 | 1Mbps | 10Mbps(デュアルで最大20Mbps) |
| 通信方式 | イベントトリガー(早い者勝ち) | タイムトリガー(時間割方式) |
| 冗長性 | なし(単一チャンネル) | あり(チャンネルA・B) |
| フレーム衝突 | 発生する可能性あり | 設計上ゼロ |
| 主な用途 | エンジン制御・ボディ系 | 安全系・シャーシ制御・ADAS |
| コスト | 低い | 高い |


次に、用途の違いも大きいです。CANはエンジン制御や窓の開閉、ドアロックなど「多少遅延しても問題のない」システムに向いています。一方FlexRayは、ブレーキバイワイヤ・ステアバイワイヤ・アクティブサスペンションなど「1ms遅れただけでも問題になる」システムに使われます。これが原則です。


また、フォールトトレランス(障害耐性)の面でも差があります。FlexRayは通信エラーが起きても「できる限り通信を続ける」という設計思想を持ちます。通信コントローラが停止状態(halt)に移行しても、「勝手に通信を中止させない」という特徴があり、最終判断はアプリケーション(ソフトウェア)側に委ねられます。緊急ブレーキ中にネットワーク自体が止まるリスクを設計上排除しているわけです。


コストの高さがFlexRayの弱点です。CANと比べて配線・チップ・設計のコストがかなり高く、全車種に採用されているわけではありません。現実的には、安全要件が非常に高い高級車や特定の制御系にのみ採用されるのが一般的な傾向です。


FlexRay通信の搭載車種:BMW X5から始まった実用化の歴史

FlexRay通信が初めて市販車に搭載されたのは2006年のことです。BMW社がSUV「X5」の「アダプティブドライブ(Adaptive Drive)」システムに世界初採用しました。これは電子制御ダンパー(EDC)とアクティブスタビライザーを統合制御するシステムで、走行速度・ステアリング角度・前後加速度・車高などを1〜数msのサイクルでリアルタイムに読み取り、ショックアブソーバーとスタビライザーバーを協調制御します。


5つのECUノードがFlexRayで接続されており、CANでは対応できなかった高頻度・高精度の制御を実現しました。結果として、「スポーティな走り」と「快適な乗り心地」という通常は相反するニーズを同時に満たすことができるようになりました。これは使えそうです。


続く2008年には「BMW 7シリーズ」がFlexRayをバックボーンネットワークとして採用し、ノード数を13に拡大しました。ドライバーアシスタンス・シャーシ・パワートレインの各ドメインのECUをFlexRayで接続し、複数ドメインにまたがる協調制御を10Mbpsで実現。CAN・LIN・MOSTなど他の通信規格と共存する混在型のネットワーク構成が採られました。


2009年にはAudi「A8」も同様にFlexRayをバックボーンネットワークとして採用。2010年の「BMW 5シリーズ」では4輪操舵システム(インテグラルアクティブステアリング)の協調制御にFlexRayが活用されています。時速60km/h未満ではリアがフロントと逆方向に動いて小回りを向上させ、60km/h以上では同方向に動いて安定性を高めるという、精緻な制御が可能です。


🏎️ FlexRay採用の主な車種・システム一覧


- BMW X5(2006年):世界初採用 / アダプティブドライブ(電子ダンパー制御)
- BMW 7シリーズ(2008年):バックボーンネットワーク / 13ノード接続
- Audi A8(2009年):バックボーンネットワーク
- BMW 5シリーズ(2010年):インテグラルアクティブステアリング(4輪操舵)


これらはいずれもECUが「1ms以内に正確な制御を出力しなければならない」安全・制御系システムです。あなたが普段何気なく体感している「滑らかなサスペンション」や「高速道路でのどっしりした安定感」の裏側に、FlexRay通信が貢献しているケースがあるわけです。


参考:欧州でのFlexRay採用事例と取り組み(MONOist / ITmedia)


FlexRay通信と自動運転:バイワイヤ技術と未来の車載ネットワーク

FlexRayが最も注目されるのは、自動運転の実現に不可欠な「バイワイヤ(By-Wire)技術」との組み合わせです。バイワイヤとは、ブレーキやステアリングの操作を機械的なリンケージではなく、電気信号だけで伝達する技術のことです。


従来の車は、ブレーキペダルを踏むと「油圧」が物理的にブレーキキャリパーを押す仕組みでした。「ブレーキバイワイヤ(Brake-by-Wire)」では、ペダルの踏み込み量をセンサーで検知し、電気信号がECUに届き、ECUがアクチュエータを動かしてブレーキをかけます。これは単純なようで、信号が1msでも遅れた場合に制動距離が数cm単位で変わり得る、きわめてシビアな世界です。


ステアリングも同様です。「ステアバイワイヤ(Steer-by-Wire)」ではハンドルとタイヤの間を機械的につなぐステアリングシャフトが存在せず、すべてが電気信号で制御されます。日産・レクサスなどの一部車種がすでに市販化しており、将来の完全自動運転においてはこの技術なしには成立しません。これらのバイワイヤシステムに求められる「マイクロ秒単位の遅延保証」こそ、FlexRayが存在感を発揮する領域です。


ただし、自動運転やADASではカメラ・LiDAR・高精度地図といった大容量データも扱います。FlexRayの10〜20Mbpsでは帯域が不足する場面も生じてきます。そこで現在は「車載Ethernet(100BASE-T1や1000BASE-T1)」への移行が進んでおり、100Mbps〜1Gbpsの通信速度が利用可能になりつつあります。


📡 車載通信規格の速度比較


| 規格 | 最大速度 | 主な用途 |
|---|---|---|
| LIN | 20kbps | シートポジション・ミラーなど低速系 |
| CAN | 1Mbps | エンジン制御・ボディ系 |
| CAN FD | 5Mbps | 制御系の高速化 |
| FlexRay | 10〜20Mbps | 安全系・シャーシ制御 |
| 車載Ethernet (100BASE-T1) | 100Mbps | ADAS・カメラ系 |
| 車載Ethernet (1000BASE-T1) | 1Gbps | 自動運転・大容量系 |


FlexRayは「古い規格」と見られることもありますが、安全系制御における「決定論的なリアルタイム保証」という特性は、車載Ethernetだけでは代替しにくい面もあります。現実的には、高速・大容量が必要な部分には車載Ethernet、ブレーキやステアリングなど超低遅延の安全系にはFlexRay、エンジンや軽量ボディ系にはCANという使い分けが当面は続く見通しです。


自動運転レベルが高まるほど、FlexRay的な「絶対に遅れない通信」への要求も高まります。技術は常に役割分担しながら進化していきます。いいことですね。


参考:車載ネットワーク概要解説(サニー技研)
https://sunnygiken.jp/tech-info/automotive_network_basics/




車載ネットワ-ク・システム徹底解説: CAN,LIN,FlexRayのプロトコルと実装 (Design wave mook)