

ブレーキバイワイヤは、足元のペダルを踏んでも「直接ブレーキを動かしていない」という事実を、多くのドライバーは知らないまま毎日運転しています。
従来のブレーキは、ペダルを踏む力が倍力装置(ブレーキブースター)を経由し、マスターシリンダーで油圧に変換され、ブレーキキャリパーへと伝わる仕組みでした。ドライバーの足の力が、そのまま物理的な力の連鎖として制動力になるイメージです。
ブレーキバイワイヤ(BBW:Brake By Wire)は、この「物理的なつながり」を切り離します。ペダルの下には油圧ラインではなくセンサーが取り付けられており、踏み込みの量・速さ・踏力をミリ秒単位で電気信号に変換します。その信号はECU(電子制御ユニット)に送られ、車速・路面状況・タイヤの状態などと照合したうえで、必要な制動力が計算されます。
つまり、仕組みの核心は「感知→演算→指令」という3ステップです。
ECUからの指令は電動ポンプや電動アクチュエータに届き、各車輪のブレーキを独立して作動させます。1輪ずつ異なる制動力をかけられるため、従来の油圧システムよりもはるかに精密な制御が実現します。たとえば、右前輪と左後輪だけに的確な制動力を加えることも、瞬時に行えます。
経済産業省の定義によれば、BBWとは「従来ドライバーが油圧・リンクなどの機械的な結合によりブレーキを作動させていたものを、ドライバーの操作を電気信号に置き換えることにより、コンピュータを用いて最適なブレーキ制御を行うもの」とされています。
ブレーキバイワイヤの概念と従来ブレーキとの比較図が確認できるアドヴィックスのブレーキ雑学講座
なお、現時点の市販車に搭載されているBBWの多くは「ハイドロリック型」と呼ばれ、通常時は電気制御で動きますが、システムが万が一故障した際には油圧配管がバックアップとして機能します。完全な電子化ではなく、安全策を二重に持つ設計です。これが基本です。
ハイブリッド車やEVに乗っているドライバーが知っておくべき重要な事実があります。ブレーキバイワイヤが最も力を発揮するのは、回生ブレーキとの「協調制御」の場面です。
回生ブレーキとは、減速時にモーターを発電機として動かし、運動エネルギーを電力として回収する技術です。しかし、回生ブレーキだけでは制動力が不足するシーンや、モーターが発電できない速度帯も存在します。このとき、従来の摩擦ブレーキ(油圧ブレーキ)と回生ブレーキをどうシームレスに切り替えるかが問題でした。
ここにBBWが介入します。ペダルの踏み込みをリアルタイムで電気信号として把握しているため、「今この瞬間はどれだけ回生で賄い、どれだけ摩擦ブレーキを加えるか」をECUが0.01秒以下のスパンで演算し続けます。これが回生協調ブレーキです。
回生協調ブレーキの仕組みと4輪独立制御の詳細が解説されているアイシンのAI Think記事
初代プリウスが1997年に発売された当初、ブレーキの「カクつき感(かっくんブレーキ)」がユーザーから指摘されました。回生から摩擦ブレーキへの切り替わりタイミングをうまく隠せなかったためです。その課題を解決したのが、2003年登場の2代目プリウスで本格採用されたECB(電子制御ブレーキ)、すなわちBBWでした。回生と摩擦の配分を電子的に管理することで、ドライバーには一切の違和感を与えない滑らかな制動を実現したのです。
BBWによる協調制御の効果は大きく、アドヴィックスが開発した回生協調システムではJC08モードで95%以上のエネルギー回収効率を確保したと報告されています。これはBBWを使わない場合と比べて、回収できるエネルギーが大幅に増える数字です。燃費が良くなるということですね。
| 比較項目 | 従来の油圧ブレーキ | ブレーキバイワイヤ(BBW) |
|---|---|---|
| 制御方式 | 油圧(機械的) | 電気信号(電子制御) |
| 回生ブレーキとの連携 | 困難(タイムラグあり) | スムーズな協調制御が可能 |
| 4輪独立制御 | 限定的 | 精密に可能 |
| ブレーキフルード | 必要(2〜4年ごとに交換) | 完全型では不要 |
| ペダルフィールの調整 | 難しい | ソフトウェアで自在に調整可能 |
「最新技術の話だから、自分には関係ない」と思っているドライバーは多いでしょう。ところが、BBWは特定のメーカーの一部車種だけにとどまらず、日常的に乗られているハイブリッド車にすでに広く普及しています。
市販車への採用の歴史は2001年にさかのぼります。トヨタ自動車が初代エスティマ・ハイブリッドに「ECB(電子制御ブレーキ)」として世界で初めて量産搭載しました。ほぼ同時期の2001年10月、メルセデス・ベンツもボッシュ製のSBC(Sensotronic Brake Control)をSLクラス(R230型)に搭載しています。
その後、トヨタ・プリウス(2代目以降)、アルファ・ロメオ・ジュリア(2018年〜、コンチネンタル製MKC1搭載)などに順次採用が広がりました。現在ではトヨタ・ホンダをはじめとするハイブリッド車の多くに回生協調ブレーキが搭載されており、事実上BBWの一形態が組み込まれています。
ブレーキバイワイヤの歴史的な搭載車種や各メーカーの採用経緯をまとめたWikipedia(ブレーキ・バイ・ワイヤ)
また、近年の市販車に急速に普及している「電動パーキングブレーキ(EPB)」や「オートホールド機能」も、BBWの思想を応用した技術です。坂道発進アシストや自動制動(自動ブレーキ)システムも、ブレーキペダルとは別にECUがブレーキを制御するという意味でBBWと密接に関係しています。これは使えそうです。
ブレーキバイワイヤの特許総合力ランキングでは、トヨタ自動車が国内1位(スコア86.2)、アドヴィックスが同2位(スコア86.1)と、日本メーカーが非常に高いレベルで技術を保有していることがわかります。日本の自動車ブレーキ技術は世界でも先進的な位置にあるのです。
電子制御の最大の不安は、「電気が切れたらどうなるの?」という疑問です。厳しいところですね。
この点について、現行のBBW搭載車は「フォールトトレラント設計(Fault Tolerant Design)」と呼ばれる多重安全策を採用しています。一言でいえば、電子系が故障しても必ず止まれる仕組みを持っているということです。
具体的な対策は大きく3種類あります。
まず、油圧バックアップ方式です。現在の量産車に最も多く採用されており、通常時は電子制御で動きながら、故障時には従来の油圧ブレーキ配管が自動で機能します。ドライバーが強めにペダルを踏み込むことで、油圧経路に切り替わって制動力を確保します。2002年式トヨタ・プリウスもこの方式を採用しており、電動ポンプが故障した場合のダイレクトブレーキシステムを持っていました。
次に、バックアップ電源方式です。主電源が遮断された場合でも、専用のバックアップバッテリーやコンデンサ(キャパシタ)が即座に電力を供給し、ブレーキを作動させます。
そして多重冗長設計です。センサーやECU自体を複数系統で設け、1系統が故障しても別の系統が機能するよう設計します。航空機の「フライ・バイ・ワイヤ」から受け継いだ考え方で、信頼性の確保が原則です。
バイワイヤシステム全般のフェールセーフ設計の考え方を詳しく解説している技術教育サイト
なお、メルセデス・ベンツのSBCは2002年発売のEクラス(W211型)にも採用されましたが、不具合が多発したため後期型から油圧式に戻された経緯があります。電子制御ブレーキの信頼性確保がいかに難しいかを示す事例として、業界では今も語り継がれています。こうした失敗の歴史が積み重なり、現代のBBWシステムは格段に信頼性が高まっているわけです。
ブレーキ技術は今、大きな転換点を迎えています。
ボッシュは2026年初頭にアジアの自動車メーカー向けにブレーキバイワイヤシステムの量産を開始すると発表しており、コンチネンタルは20億ユーロ超の投資を伴う「セミドライ・ブレーキ・システム」の量産を既に開始しています。また、イタリアのブレーキ大手ブレンボも「SENSIFY(センシファイ)」と名付けた完全油圧レスシステムを投入し始めました。
これらの次世代BBWの最大の特徴は、ブレーキフルードが完全に不要になる点です。完全バイワイヤ方式では、ブレーキフルードという「引火性・腐食性のある液体」を使う必要がなくなり、車体設計の自由度が飛躍的に高まります。従来、後輪への油圧配管は車体の中央を長く通す必要があり、設計上の大きな制約でした。電気配線に置き換えることで、その制約がなくなります。
ブレンボのSENSIFY、コンチネンタルの完全バイワイヤ計画など各社の最新動向が詳しくまとめられた日経xTECH記事
重量面でも大きな変化が起きます。コンチネンタルのMKC1は従来システムと比べ約4kg軽量化を達成しており、さらに進んだシステムでは25%の重量削減も報告されています。EV時代においては1gの軽量化が航続距離に直結するため、この数字は非常に重要です。
さらに見逃せないのが自動運転との親和性です。自動運転レベル3以上では、ドライバーが操作していない間もECUがブレーキを独自に制御する必要があります。物理的なペダルとブレーキが直結していると、このような「ドライバー不在の制動」は実現しません。BBWはまさに自動運転の「必須インフラ」として位置付けられています。
ブレーキバイワイヤは「ブレーキ技術の進化」にとどまらず、クルマそのものの設計思想を根本から変える技術です。あなたが日々踏んでいるブレーキペダルの先は、すでに電子の世界とつながっているかもしれません。

YFFSFDC 自転車 ブレーキ用インナーケーブル 2個セットステンレス Φ1.5×1700mm シルバー ステンレス製 自転車パーツ 耐久性 ロードバイク