

サーモスタットが壊れたまま走ると、エンジン修理に100万円超かかることがあります。
サーモスタットは、エンジンルーム内でひっそりと働く手のひらサイズの部品です。役割はシンプルで、冷却水(クーラント)の温度を感知し、バルブを開いたり閉じたりすることでエンジンの温度を適正範囲に保ちます。
エンジンは燃料を燃焼させることで動きますが、その過程で大量の熱が発生します。何も対策をしないと、エンジン自体が熱で壊れてしまいます。そこで冷却水をエンジン内部に循環させ、熱を吸収させてからラジエーターで冷やすという仕組みが組み込まれています。サーモスタットは、その「冷却水をいつラジエーターに流すか」を判断するゲートの役割を担っています。
仕組みの核心は「ワックス(蝋)の膨張・収縮」にあります。サーモスタット内部のバネにはワックスが封入されており、冷却水が低温のときはワックスが固体のままで、バネの力でバルブが閉じています。水温が上昇してワックスが溶け出すと体積が膨張し、その力でピンを押してバルブが少しずつ開く仕組みです。これが基本原理です。
| 水温の状態 | バルブの状態 | 冷却水の流れ先 |
|---|---|---|
| 低温(冷間時) | 閉じている | エンジン内を小循環(ラジエーターを通らない) |
| 適温(80〜90℃) | 開き始める | ラジエーターへ流れ始める |
| 高温(90℃以上) | 全開 | ラジエーターをフル循環して冷却 |
現代の乗用車では、サーモスタットが85〜90℃で開き始め、「88℃で開く・87℃で閉まる」を繰り返すことで水温を88℃付近に安定させています。つまり、エンジンは常にほぼ沸騰に近い高温で管理されているということです。意外ですね。
エンジン始動直後にサーモスタットが閉じているのは「わざと早く温める」ためです。エンジンが冷えている状態では金属が固く、部品同士の摩擦ダメージが大きくなります。素早く適温まで温めることで、エンジンの劣化を防いでいるのです。つまり、サーモスタットはエンジンの「冷やす」だけでなく「温める」も担っています。
「車のヒーターはどこから熱を得ているか」を正確に答えられる人は少ないかもしれません。実は、車のヒーターには独自の熱源がなく、エンジンを冷やす際に吸収した冷却水の熱をそのまま再利用しています。
具体的な流れはこうです。まず、エンジン内部を循環して熱を吸収した冷却水が、ヒーターコアと呼ばれる小型ラジエーターのような部品に流れ込みます。ヒーターコアはダッシュボード奥に設置されており、その熱を帯びた小さなフィンに送風ファンで空気を当てることで温風が生まれ、エアコンの吹き出し口から車内に送られます。
重要なのは、サーモスタットが正常に機能していないと、この一連の流れが崩れるという点です。エンジンが十分に温まらなければ冷却水も温まらず、ヒーターコアに温かい水が届きません。その結果、エンジンを始動してヒーターをオンにしても、いつまでも冷たい風しか出てこないという状態になります。
冬の朝にヒーターをすぐつけても温風が出てこないのは、エンジンが適温(80℃前後)に達していないからです。水温計の針が中央付近に達してからヒーターを使うと、余計な待ち時間が減ります。これは基本です。
また、ヒーターの熱源がエンジン廃熱である以上、電気自動車(EV)や長時間エンジンを止めるPHV(プラグインハイブリッド)では、同じ仕組みが使えません。EVはヒートポンプ式や電熱ヒーターを採用しており、その分だけバッテリー消費が増える特性があります。EV乗りの方にとって、冬の暖房は航続距離に直結する問題です。
サーモスタットの故障には「閉じたまま」と「開いたまま」の2種類があり、それぞれまったく異なる症状と危険性をもたらします。この違いを知らずにいると、対応が遅れて大きな出費につながる可能性があります。
🔴 パターン①:バルブが閉じたまま(オーバーヒート)
バルブが閉じたままだと、水温が上昇しても冷却水がラジエーターに流れません。エンジンの熱が逃げられなくなり、水温が100℃を超えてオーバーヒート状態へと進行します。
初期症状としては水温計の針がHゾーンに近づき、エンジンパワーが落ちてきます。この段階で気づかずに走り続けると、エンジン内部の金属部品が高熱で変形し、最悪の場合はヘッドガスケットが損傷してエンジンそのものの交換が必要になります。エンジン交換の費用は15万〜100万円以上と高額で、場合によっては廃車を選ぶケースも出てきます。
🔵 パターン②:バルブが開いたまま(オーバークール)
一方、バルブが開きっぱなしになると、エンジンが冷えた状態でも冷却水がラジエーターをフル循環し続けます。エンジンが適温に達しない「オーバークール」という状態です。
オーバークールはオーバーヒートに比べて緊急性が低く思えますが、実は見逃せないデメリットがあります。燃料噴射コンピューターがエンジン低温と判断して燃料を多く噴射するため、燃費が明らかに悪化します。また、冬場のヒーターが効かなくなる主な原因の一つがこのパターンです。
| 故障の種類 | 症状 | 危険度 | 主なリスク |
|---|---|---|---|
| 閉じたまま | 水温過上昇・オーバーヒート | 🔴 高 | エンジン損傷・修理費100万円超 |
| 開いたまま | 水温が低いまま・ヒーター不良 | 🟡 中 | 燃費悪化・エンジン摩耗加速 |
どちらのパターンも「自然に直ることはない」という点が重要です。パターン②は症状が軽いぶん放置されがちですが、長期間オーバークールの状態を続けるとエンジンの摩耗が進んで寿命が縮みます。サーモスタットの不調に気づいたら、早めに整備店に相談するのが原則です。
サーモスタットの一般的な寿命は「10年または走行距離10万km」が目安です。これは他の消耗品に比べると長い印象がありますが、超えた途端に突然壊れるケースもあるため油断は禁物です。
また、タイミングベルトの交換時期(多くの場合10万km前後)と重なるため、タイミングベルト交換の際に一緒にサーモスタットも交換しておくと効率的で工賃節約にもなります。2つの作業を別々にすると工賃が二重になりますが、同時なら1回の工賃で済ますことができます。これは使えそうです。
🔍 自分でできる3つの前兆チェック
💰 交換費用の目安
部品代は本体2,000〜3,000円程度で、パッキンが500円前後、冷却水(LLC)が2,000〜4,000円程度。工賃込みでディーラーや整備工場に依頼した場合は、合計1万2,000円前後が相場です。車種によっては2万円前後になることもあります。
サーモスタット単体の部品代は数千円ですが、放置してオーバーヒートを招いた場合のエンジン修理は最低でも15万円〜、最悪100万円超になることを考えると、早めの交換がいかに経済的か明らかです。
水温計のチェックは毎日の習慣にするのが条件です。エンジン始動後から走行中まで、水温計が中央付近を維持しているかを時々確認するだけで、サーモスタット異常の早期発見につながります。
サーモスタットの交換に興味があり、DIYで試したい場合は、冷却水の抜き取り・補充・エア抜きの手順が必要です。冷却水のエア抜きが不完全だとヒーターに空気が溜まり温風が出なくなることがあるため、初めての場合は整備工場への依頼が安心です。
グーネットピットなどの整備情報サイトには、車種別の交換手順が詳しく掲載されています。
参考:サーモスタットの役割・交換方法の詳細(整備士監修)
サーモスタットの役割とは?寿命や交換方法について解説 – グーネット
サーモスタットが正常に機能しなくなったとき、多くのドライバーは「ヒーターが効かなくなる問題」として認識します。しかし実際には、燃費・エンジン寿命・維持費のすべてに影響が及びます。これは意外と知られていない側面です。
まず燃費への影響について、オーバークール状態になるとエンジンの燃料噴射コンピューター(ECU)がエンジン低温を感知して燃料を過剰に噴射します。適正水温での燃費と比べると、燃費は悪化します。冬場に燃費が落ちたと感じたら、オーバークールが一因になっている可能性があります。
次にエンジンオイルへの影響です。エンジンが適温に達しないと、オイルの粘度が高いままになります。これは金属部品の摩耗を早める原因です。長期間オーバークール状態が続くと、エンジン内部のシリンダーやピストンへのダメージが蓄積されていきます。
さらに、オーバークールの状態では、燃焼が不完全になりやすくエンジン内部にカーボン(すす)が溜まりやすくなります。これが積み重なると、エンジン内部の清掃や追加メンテナンスが必要になり、維持費が上がっていくという悪循環に入ります。
注目したいのは「サーモスタットを取り外してしまえばオーバーヒートしないのでは?」という発想です。実際にチューニング目的でサーモスタットを取り外す人もいますが、これは上記の理由から逆効果です。サーモスタットなしでは常にオーバークール状態となり、燃費悪化・エンジン摩耗・カーボン堆積が慢性的に続きます。結果的に維持費が増えます。
サーモスタットの故障が燃費悪化のサインであることを知っておくと、「最近ガソリンの減りが早い」と感じたときの点検チェックリストに加えることができます。小さな部品代1万円前後の予防交換が、将来の高額修理を防ぐ最も費用対効果の高い手段といえるでしょう。
参考:オーバーヒート原因と修理費用の詳細データ
参考:クーラントの劣化とヒーター不良の関係
クーラントを定期的に交換しないとヒーターが効かなくなる恐れがある – team-mho