

オイル交換をサボると、タペット交換で片バンク6個分の修理費が一気に飛びます。
バリオカム プラス(VarioCam Plus)は、ポルシェが開発した可変バルブタイミング・リフト機構の名称です。一般的な可変バルブ機構がバルブタイミング(開閉のタイミング)のみを制御するのに対し、バリオカム プラスはさらにバルブリフト量(バルブの開き幅)もあわせて制御できる点が最大の特徴です。
まず「バリオカム」の基本から理解しておきましょう。バリオカムは、カムシャフトの位相を変化させることでバルブタイミングを変える仕組みです。つまり、エンジンの回転数や負荷に応じて、バルブが開き始めるタイミングをずらします。これだけでも低回転域のトルク感や中回転域のレスポンスに貢献します。
バリオカム プラスはそれに加えて、2ステージの可変バルブリフトシステムを組み込んでいます。小リフトと大リフトの2段階に切り替えられる仕組みで、カムの切り替え機構はタペット(バルブとカムシャフトの間にある部品)の内部に組み込まれています。これが重要なポイントです。
他社の代表的な可変リフト機構、たとえばホンダのVTECなどはロッカーアームを介して切り替えを行いますが、バリオカム プラスはタペット内部に機構を収めることで、動弁を「直打式」のままにすることができます。直打式とは、カムが直接タペットを介してバルブを押す構造のこと。これにより、摺動部品が少なく高回転域での応答性に優れたまま、可変リフトを実現しています。
つまり「高回転・高リフトのスポーツ性」と「低回転・小リフトの扱いやすさ」を1つのエンジンで両立させる、というのがバリオカム プラスの本質です。
余談ながら、バリオカム(初代)の基本特許はロータスが保有しており、それをシェフラーが買い取ってポルシェと共同開発した経緯があります。この事実は意外と知られていませんね。
バリオカム プラスが初めて市販車に搭載されたのは1999年、ポルシェ911の996型ターボです。それ以前の「バリオカム」は1991年の968で初登場していましたが、リフト可変機能を加えた「プラス」版の初採用は996ターボということになります。
その後、バリオカム プラスはポルシェのラインナップに幅広く展開されていきました。主な搭載車種を以下に整理します。
| 車種・型式 | 年代 | エンジン排気量・出力 |
|---|---|---|
| 911ターボ(996) | 1999年〜 | 3.6L ツインターボ/420PS |
| 911カレラ(996後期) | 2001年〜 | 3.6L 自然吸気/320PS |
| 911カレラ(997前期) | 2004年〜 | 3.6L 自然吸気/325PS |
| 911カレラ(997後期) | 2009年〜 | 3.6L 直噴自然吸気/345PS |
| ボクスター(987) | 2005年〜 | 2.7L〜3.4L/245〜295PS |
| ケイマン(987) | 2005年〜 | 2.7L〜3.4L/245〜295PS |
特に注目すべきは997後期型(2009年〜)での変化です。バリオカム プラスと直噴技術を組み合わせることで、圧縮比を12.5:1という高い水準にまで高め、カレラで前期比+20馬力の345馬力を達成しました。同時にパーツ点数の約40%削減、エンジン重量5kg軽量化、エンジン剛性22%向上も実現しています。パワーと軽量化を同時に達成できたのは、バリオカム プラスの緻密な燃焼制御があってこそです。
ボクスター987世代やケイマン987世代でも、2005年のマイナーチェンジを機にバリオカム プラスが採用されました。それまで標準ボクスターは228PSでしたが、バリオカム プラス搭載後は245PSへと引き上げられています。ポルシェのエントリーモデルにも惜しみなく投入されたことが分かります。これは使えそうです。
バリオカム プラスの最大のメリットは、「低回転域での扱いやすさ」と「高回転域での爆発的なパワー」を1つのエンジンで両立できる点にあります。
通常のエンジンであれば、高出力を重視してカムのプロフィール(山の形状)を大きく設定すると、低回転域でのトルクが細くなります。反対に低回転トルクを優先すると、高回転でのパワーが伸びにくくなります。これはエンジンの宿命的なトレードオフです。
バリオカム プラスはこの問題を根本から解決します。低回転域・低負荷時には小リフトに切り替え、吸気量を絞った緻密な燃焼制御を行います。これにより街乗りのような日常シーンでも力強いトルクが出て、燃費も改善されます。一方、高回転域・高負荷時には大リフトに切り替え、より多くの空気をエンジンに送り込みます。これが爆発力の向上につながります。
具体的なイメージで言うと、エンジンが「2つの個性」を持っているようなものです。アクセルを軽く踏む街乗りモードでは穏やかで燃費のいいエンジン、高速道路や峠でアクセルを踏み込めば途端に鋭く豹変するエンジン、これを1台の車体で実現しています。
排気側への制御拡張も見逃せません。バリオカム プラスは吸気側だけでなく、排気側にも可変バルブタイミング機構を設けているモデルがあります。これにより吸排気のタイミングをより精密に合わせることができ、燃焼効率と排気効率の両面で最適化されます。結果として低回転のトルクと高回転のパワー、そして燃費向上という3つの効果が同時に得られます。
「低速と高速で最適な吸気を実現する」のが原則です。
バリオカム プラスは精密な油圧制御で動作するシステムです。バルブリフトの切り替えもカムシャフトの位相変化も、エンジンオイルの油圧を使って作動しています。そのため、オイル管理の良し悪しが直接このシステムの健全性を左右します。
オイル管理を怠ったときに最初に現れやすい症状が「冷間時のエンジン始動直後のタンタンという異音」です。これはバルブタペット(ラッシュアジャスター)が原因であることが多く、油圧が上がると音が消えるのが特徴です。放置すると最終的にタペットが破損し、エンジン本体への損傷に発展する事例もあります。
注意すべき点があります。ポルシェ社の規定では、故障したタペットが1個であっても、片バンク(6気筒エンジンなら3気筒分)は全てのタペットを一括交換する必要があります。つまり最低でも6個単位の交換が必要になり、修理費は部品代+エンジン脱着工賃を含めると相応の金額になります。「1個だけ交換すれば安く済む」という考えは通用しません。
また、バリオカムのカムシャフトを動かす油圧アクチュエーターやソレノイドバルブも、オイルの品質が低下していると固着・不具合を起こします。走行には支障がないまま劣化が進み、気づいたときにはエンジン内部への影響が広がっているケースもあります。
この問題を防ぐために重要なのは、オイルの「品質」と「交換頻度」の2点です。ポルシェ公認オイル(Porsche A40認証)を使用し、走行距離5,000〜7,000kmを目安とした早めの交換を心がけることが推奨されています。ポルシェが定期点検に合わせて推奨する15,000km/年1回は、新車・ディーラー整備前提の数字です。中古車で購入した場合や年間走行距離が少ない場合でも、少なくとも年1回は交換するのが基本です。
オイルの銘柄選びに迷った場合は、ポルシェ専門店でのカウンセリングを受けるのが確実です。専門店では車体ごとの状態に合わせた適正オイル粘度のアドバイスが受けられます。
油圧タペットの異音と修理事例(マーキーズ東京スタッフブログ)
バリオカム プラス搭載ポルシェの中古車を選ぶとき、多くの人が「年式」や「走行距離」だけを見ています。しかし実際には、「どの世代のエンジンに搭載されているか」によってリスクの性格が大きく変わります。これは中古車選びにおいて、あまり語られない独自の重要ポイントです。
996型(前期水冷)はバリオカム プラス搭載車でありながら、「インタミ問題(インターミディエイトシャフトベアリングの摩耗)」と「6番シリンダー問題(シリンダー壁の摩耗)」という別のリスクを抱えています。これらはバリオカム プラス自体の問題ではありませんが、修理に発展すると100万円を超える場合もあります。厳しいところですね。
997前期型(2004〜2008年)も同様に6番シリンダー問題が発生する確率があるとされており、確率は低いものの、一度起きると経済的ダメージが大きいため、購入前の専門家によるPPI(Pre Purchase Inspection:購入前点検)が必須です。
一方、997後期型(2009〜2011年)ではエンジンがクローズドデッキ構造に変更され、これらの持病が基本的に解消されました。バリオカム プラスとの組み合わせで直噴化も実現し、パワーも345馬力に向上しています。同じ「997」という型式でも、前期と後期はエンジンの設計が全く異なります。同じ型式なのに中身は1世代違う、というわけです。
ボクスターやケイマンの987世代の場合は、比較的トラブルが少なく「バリオカム プラス搭載ポルシェの入門」として選ばれやすい傾向があります。それでも油圧タペットの消耗やオイル漏れには注意が必要で、オイル管理の履歴が確認できる個体を選ぶことが第一条件です。
まとめると、バリオカム プラス搭載ポルシェを中古で選ぶ際の視点は以下の3点が基本です。
バリオカム プラスはポルシェの走行性能を高次元で支える優れたシステムですが、その精密さゆえに日常の管理がそのまま車の寿命と修理費に直結します。オイル管理に注意すれば大丈夫です。乗り始める前に整備環境を整えておくことが、長く楽しむための最短ルートといえます。