

エンジン警告灯が点いても、しばらく様子を見てそのまま乗り続けると、2万円の修理が50万円になることがあります。
ノックセンサーは、エンジンブロックのシリンダー付近にボルト1本で固定されている、500円玉ほどの小さな電子部品です。見た目は地味ですが、その役割はエンジン全体の健康を守るという非常に重要なものです。
エンジン内部では、ガソリンと空気の混合気が「スパークプラグの火花」によって正しいタイミングで燃焼することで動力を生み出しています。しかしさまざまな原因で、プラグが点火する前に混合気が自然着火してしまう「ノッキング(異常燃焼)」が発生することがあります。ノッキングが起きると、通常の燃焼速度(約30m/秒)の約67倍にあたる2,000m/秒を超える衝撃波がシリンダー内を走り、ピストンやシリンダー壁に直接ダメージを与えます。
つまり、ノックセンサーは「異常燃焼を素早く検知してエンジンを守る番人」です。
シリンダーブロックに固定されているのは理由があります。ノッキングが発生すると、シリンダーブロック全体に5〜15kHzという特定の周波数帯の振動が伝わります。ノックセンサーはその振動を直接キャッチするために、振動が最も伝わりやすいエンジンブロックに密着して取り付けられているのです。取り付けボルトの締め付けトルクがわずかにズレるだけでも検知精度が落ちるほど、エンジンへの密着性が重要とされています。
エンジンが常時発している通常のノイズ(メカノイズ、インジェクター音など)とノッキングの振動は、周波数帯が異なります。ノックセンサーはその差を利用して、異常な振動だけを拾い出す仕組みになっています。これは、騒がしい工場の中で特定の機械の異音だけを聞き分けるようなものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 📍 取り付け位置 | エンジンブロック(シリンダー付近) |
| ⚡ 検知対象 | 5〜15kHz帯域のノッキング振動 |
| 🔗 信号の送り先 | ECU(エンジンコントロールユニット) |
| 📏 センサーの重量 | 約30〜70グラム(単三電池1〜2本分程度) |
ノックセンサーの心臓部にあるのは「圧電素子(ピエゾ素子)」と呼ばれる特殊なセラミック素材です。これは、力や振動が加わると電圧を発生させる性質(圧電効果)を持つ素子で、エンジンのノッキング検知のために長年使われてきた技術です。
仕組みを順番に整理すると、次のように流れます。
圧電素子が基本です。
このサイクルは瞬時に、つまりコンマ数秒の間に行われています。加速中にノッキングが発生しても、運転者が気づく前にECUがすでに補正を完了していることがほとんどです。
ノックセンサーには大きく2種類あります。古くから使われている「共振型」は、特定の周波数にしか反応しない構造で、ノッキングしているか否かの2段階しか出力できません。一方、現在の主流である「非共振型(フラット型)」は幅広い周波数帯に対応し、ノッキングの強弱まで細かく検出できます。現代のエンジンの精密な燃焼制御を支えているのは、ほぼこのフラット型です。
| 種類 | 特徴 | 採用時期 |
|---|---|---|
| ⚙️ 共振型 | 特定周波数のみ検知・2段階出力 | 主に旧世代エンジン |
| 🔬 非共振型(フラット型) | 広帯域検知・強弱まで検出可能 | 現代の主流エンジン |
また、一つのエンジンに複数のノックセンサーが搭載されていることも珍しくありません。たとえば直列6気筒や一部のV型エンジンでは、シリンダーバンクごとに1つずつ計2つが使われています。気筒ごとに点火時期の補正が細かくできるため、燃費と出力の両方を高い水準で維持できるのです。
参考:日本特殊陶業(NTK)によるノックセンサーの製品解説と動作原理
https://www.niterragroup.com/product/sensors_plugs/knock.html
ノックセンサーが振動を検知しただけでは、エンジンは守られません。重要なのはECU(エンジンコントロールユニット)との連携です。ECUはノックセンサーからの電圧信号を受け取り、「これはノッキングか、通常のエンジン振動か」を瞬時に判断して点火時期を調整します。
点火時期の遅角とはどういうことでしょうか?
通常、エンジンは効率よく燃焼させるために、ピストンが上死点(最高位置)に達する少し手前で点火します。これを「点火進角」といいます。点火が早すぎると燃焼圧力がピストンの動きと合わず、異常燃焼が起きやすくなります。そこでノッキングを検知したECUは、点火タイミングをわずかに遅らせる「遅角制御」を行います。
点火時期は「1度ずれると出力が約1%変化する」といわれています。つまりECUの遅角制御はエンジンのパワーと燃費に直結するのです。
ノッキングが収まったら、ECUは再びゆっくりと点火時期を元の最適な位置に戻していきます(進角への復帰)。このフィードバック制御を繰り返すことで、エンジンは常に「ノッキング直前の最も効率の良い燃焼状態」を維持しようとしています。これが条件です。
実は、エンジンは意図的にノッキングしやすい限界近くで運転されています。ノッキング発生の限界点付近が最も熱効率の高い状態だからです。ノックセンサーがあるからこそ、そのギリギリのラインを安全に狙えるのです。もしノックセンサーがなければ、エンジンはノッキングが発生しにくい「安全マージンを大きく取った非効率な制御」に固定されることになります。
参考:エンジンノッキングとノックセンサーの制御原理をわかりやすく解説(MLabo.)
https://mlabo.com/knocking_ja.html
ノックセンサーが故障した場合、エンジンは「ノッキングが検知できない状態」になります。つまり、実際にノッキングが起きていても補正できなくなるのです。これは非常に危険な状態ですが、多くの車ではすぐにエンジンが壊れるのを防ぐために「フェイルセーフ機能」が働きます。
フェイルセーフが作動すると、ECUは点火時期を強制的に大きく遅らせた状態(安全側の制御)に固定します。これにより、ノッキングが発生しにくくなる反面、エンジンの出力と燃費が大きく悪化します。具体的には、ハイオク仕様の車でもレギュラーガソリン用の制御マップに切り替わることがあり、「ハイオクを入れているのに加速が鈍い」「燃費が急に悪くなった」という症状につながります。
痛いですね。
フェイルセーフ作動中の主な症状をまとめます。
一方、フェイルセーフが正常に作動しないケースや、センサーの誤作動でノッキングを検知し続ける状態になった場合は、過度な遅角が続いてエンジンへの負荷が増大します。最悪の場合、ピストンやバルブ、コンロッドといった重要部品が損傷し、エンジン交換が必要になります。その修理費用は軽自動車で30万円以上、普通車で50万円以上になることも珍しくありません。
ノックセンサー自体の交換費用は部品代と工賃込みで平均2万〜3万円程度です。早めに対処すれば数万円で済む修理が、放置することで50万円超えになる可能性があるのです。これが事実です。
参考:ノックセンサーの故障症状・原因・修理費用相場(カープレミア)
ノックセンサーはエンジン内部の過酷な環境(高温・高振動・オイルミスト)にさらされているため、経年劣化は避けられません。故障原因として多いのは次の4つです。
一般ドライバーが自分でできる早期発見のポイントは主に3つです。
まず、エンジン警告灯を絶対に無視しないことです。点灯したら早めにディーラーや整備工場で診断機(OBD2スキャナー)による故障コードの確認を依頼してください。P0325やP0332というコードが表示された場合、ノックセンサーの異常を示しています。
次に、燃費の急激な悪化に気づくことです。燃費が急に10〜15%悪化した、あるいは満タンにしても以前より走行距離が短いと感じたら、センサー系トラブルの可能性があります。
最後に、加速時の「カリカリ」「キンキン」という異音です。上り坂や高速合流などの高負荷時に金属的な音がする場合、ノッキングが実際に発生しているサインです。これは使えそうです。
OBD2スキャナーはカーショップで3,000円前後から販売されており、スマートフォンと連携して故障コードを確認できる製品もあります。日常的に愛車の状態をモニタリングする習慣をつけると、高額な修理を未然に防ぐことにつながります。
参考:チューリッヒ保険会社によるノッキングの原因と対策の解説
https://www.zurich.co.jp/carlife/cc-whatis-knocking-car/