

向きを逆に組んだだけで、走行中にエンジンが止まることがあります。
バルブスプリングは、エンジンの吸気・排気バルブを閉じる方向へ常に押し戻す役割を持つコイルスプリングです。エンジンが動いている間、カムシャフトがバルブを押し下げ、スプリングがバルブを戻す、この繰り返しによってガスの出入りをコントロールしています。
たとえば回転数6,000rpmのエンジンでは、バルブは毎秒50回もの上下運動を繰り返します。これはハガキの横幅(約148mm)程度のストロークを1秒間に50回繰り返すようなイメージで、精密なタイミングが求められる運動です。
この極めて高速な動作を支えるために、スプリングの設計は非常に重要です。つまり向きが大切です。
バルブスプリングには大きく分けて「等ピッチ」と「不等ピッチ」の2種類があります。等ピッチとはコイルの巻き間隔が上から下まで均一なタイプで、このタイプは上下どちらの方向に取り付けても性能的には同じです。一方、不等ピッチは巻き間隔が場所によって異なり、密な部分と粗な部分があります。この密な部分(ピッチが細かい部分)が縮むと、バネの硬さ(ばね定数)が段階的に変化するという特性を持ちます。
不等ピッチが問題になるのは、このタイプには明確に「正しい向き」があるからです。向きを誤ると設計通りのバネ特性が発揮されず、エンジンに深刻な影響を与えます。
現代の一般的な乗用車のエンジンには、サージング防止のために不等ピッチスプリングが広く採用されています。「どちら向きでも一緒だろう」という感覚は、ここでは通用しません。これが原則です。
東名パワード公式:バルブスプリング取付マニュアル(不等ピッチの取り付け方向を図解で解説)
不等ピッチスプリングを手に取ると、コイルの一方の端は巻き間隔が狭く(密)、もう一方の端は間隔が広く(粗)なっているのが肉眼で確認できます。見ればすぐに分かります。
正しい取り付けのルールは次の通りです。密なほう(ピッチが細かい側)をシリンダーヘッド側(下側)、粗なほう(ピッチが大きい側)をリテーナー側(上側・バルブステム側)に向けて組み付けます。東名パワードや戸田レーシングなど国内の主要チューニングメーカーの取付マニュアルも、すべてこの方向を指定しています。
なぜ密な側を下にするのかというと、密な部分はコイルの線材が詰まっていて質量が大きいからです。バルブが動く際、重い部分はなるべくシリンダーヘッドに近い「動きが少ない側」に置くことで、慣性によるサージングのリスクを下げるという物理的な理由があります。
📋 取り付け前のチェックリスト
なお、AE86系の4A-Gエンジンなど一部の車種では、スプリング側面にペイント(白など)でリテーナー側を示しているケースもあります。メーカーや車種ごとに識別方法が異なる点は知っておく価値があります。
整備書(サービスマニュアル)に向きの指定が記載されている場合は、必ずそちらを優先してください。サービスマニュアルが条件です。
old_kpの日記:不等ピッチバルブスプリングの向きについて詳しく考察した記事(物理的な理由を丁寧に解説)
不等ピッチスプリングを逆向きに取り付けると、最も顕著に現れるのが「バルブサージング」という現象です。これは、バルブスプリングの固有振動数とバルブの開閉周波数が共振してしまい、バルブが本来の動きとは無関係に激しく振動する状態を指します。
エンジン回転数を上げるほど、バルブは高い周波数で開閉します。その周波数が逆向きスプリングの固有振動数と一致してしまった瞬間に、スプリングが共振して制御不能な振動状態になります。まるでブランコを固有の周期で押し続けると振れ幅が急激に大きくなるのと同じ原理です。
サージングが起きると、具体的には以下のようなエンジントラブルが発生します。
エンジンブローは最悪のケースです。
ショップへの入庫事例として、1つの整備店だけで「吸気側と排気側のスプリングを取り違えた逆組み」が4例確認されたという記録もあります。逆組みは決して珍しい失敗ではなく、オーバーホール時に起こりやすいミスとして業界内でも認識されています。
エンジンのオーバーホール費用は一般的に50万円〜100万円以上かかるケースも多く、逆組みという単純なミス一つがそのまま修理費用に直結します。向きの確認は、数十万円を守るための行動です。
クルマの大辞典:バルブサージングの原因・症状・対策をわかりやすく解説した参考記事
「バルブスプリングの向きはどっちでもいい」という情報がDIY整備の場で広まっているのには理由があります。等ピッチスプリングに関しては、実際にどちら向きでも性能的な差はありません。これは正しい情報です。
ただし、問題は「自分のエンジンのスプリングが等ピッチか不等ピッチかを確認しないまま作業してしまう」ことにあります。現代の一般乗用車のエンジンには不等ピッチが広く使われており、純正スプリングがいつも等ピッチとは限りません。
整備経験者の中にも「以前作業したエンジンは等ピッチだったから今回も同じだろう」という先入観で作業してしまうケースが見られます。これは危険な思い込みです。
🔍 間違えやすい「例外的なシチュエーション」
つまり等ピッチ以外は注意が必要です。
不等ピッチスプリングかどうか判断に迷う場合は、スプリングを目視で両端を見比べるだけで判断できます。コイルの間隔が均一に見えるなら等ピッチ、一方が明らかに詰まっているなら不等ピッチです。判断が難しければノギスでピッチを実測するか、車種の整備書を確認するのが確実です。
戸田レーシング公式FAQ:強化バルブスプリングに関するよくある質問(等ピッチ・不等ピッチの採用状況も記載)
バルブスプリングの向きミスが実際に起こりやすいのは、自分でシリンダーヘッドを整備するDIYの場面です。特に、ヘッドガスケット交換やバルブステムシール交換のついでにスプリングを取り外す作業は、知識のある整備経験者でも「向き」の確認を省略してしまいがちです。
作業中に複数のスプリングを一度に取り外してしまうと、どれがどこのものかわからなくなるリスクも高まります。実際に整備ブログや掲示板の事例を見ると、「戻すとき向きを忘れた」「吸気と排気のスプリングを混在させた」という失敗談は決して少なくありません。
こういったリスクを最小限に抑えるための実践的な方法をまとめます。
DIY整備で重要なのは、工具や技術だけでなく、こうした「記録と確認の習慣」です。バルブスプリングコンプレッサーを使った作業は、正しいツールと手順さえ踏めば難易度はそれほど高くありません。しかし、向きを間違えたまま組み付けてエンジンを始動してしまうと、後から気づいても修正は大きな工数になります。
特にDIYでヘッド周りを触る機会のある方は、バルブスプリングコンプレッサーとセットで、スプリングの識別管理グッズ(部品トレー、マグネット仕切りトレーなど)を用意しておくと、作業ミスの防止に大きく役立ちます。
なお、不安がある場合は専門の整備工場へ依頼することが、結果的に最もコストが低い選択です。バルブスプリング単体の交換であれば、部品代と工賃を合わせた目安は車種によって異なりますが、DIYミスからのリカバリー費用と比べれば圧倒的に低く抑えられます。これは使えそうです。
Webike:バルブスプリングコンプレッサーの使い方と、コッター・リテーナーの正しい脱着手順を解説した記事

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