

トラックのハンドルがブレたとき、「ただのタイヤ空気圧の問題だろう」と放置していませんか。
ピットマンアームとは、ステアリングギヤボックスの出力軸(セクターシャフト)に直接取り付けられた、短いレバー状の金属部品です。トラックでは乗用車と異なり「ステアリングリンケージ式」と呼ばれる操舵機構が採用されており、ピットマンアームはその中心的な役割を担っています。
ハンドルを回すと、その動きはまずステアリングギヤボックスに伝わり、回転運動へと変換されます。この回転の動きを受けて、ピットマンアームが円弧を描くように動作し、接続されたドラッグリンクへと力を伝えます。ドラッグリンクはその動きをナックルアームへ届け、最終的に前輪の向きを変えるという仕組みです。つまり、ハンドルとタイヤは直接つながっているわけではありません。
乗用車の多くはラック&ピニオン式のステアリングを採用しており、部品点数が少なく構造もシンプルです。一方でトラック(特に大型・中型)はボール&ナット型のギヤボックスにピットマンアームを組み合わせたリンケージ式が主流で、大きな操舵力に耐えられる構造になっています。これは乗用車との大きな違いです。
ピットマンアームの形状は短い棒状で、全長はおよそ15〜25cm(A4用紙の短辺ほど)のものが多く、素材は高強度の鍛造鋼が使われています。両端にはスプライン(セレーション)やボールジョイントによる接続部があり、正確なトルク伝達を可能にしています。強度が高い分、一般的な使用では折れにくいですが、嵌合部の摩耗や発錆によるガタつきが問題になるケースが少なくありません。
| 部品名 | 役割 | 接続先 |
|---|---|---|
| ステアリングギヤボックス | ハンドルの回転を力に変換 | ピットマンアーム |
| ピットマンアーム | 回転運動を直線運動に変換 | ドラッグリンク |
| ドラッグリンク | 力をナックルアームへ伝達 | ナックルアーム |
| タイロッド | 左右タイヤの向きを同期 | 左右ナックル |
ピットマンアームが正常に機能しているかぎり、ドライバーはハンドルを回すだけで意のままにトラックを操ることができます。この部品が基本です。
参考:ステアリング装置の構造・用語解説(自動車整備士試験対策 教材より)
第4章 ステアリング装置(ボール・ナット型・リンケージ式の詳細解説)
ピットマンアームが劣化してくると、いくつかのはっきりしたサインが出てきます。早めに気づくことが、修理費用の増大や重大事故の防止につながります。
最も代表的な症状が「ハンドルのガタつき」です。直進走行中にハンドルがわずかにブレる、少しの路面の凸凹でハンドルが取られる、という感覚があれば要注意です。これはピットマンアームの嵌合部(セクターシャフトとの接続部分)に摩耗によるガタが発生しているサインの可能性があります。
次に注意したいのが「シミー現象」です。シミー現象とは、走行中にハンドルが小刻みに震える現象で、大型トラックに比較的多く見られます。タイロッドやピットマンアームといったステアリング系統の部品が摩耗・劣化している場合、走行中の路面振動がそのままステアリングに伝わりやすくなります。意外ですね。
また、「コンコン」「ガタガタ」といった異音がハンドルを切ったときに発生するのも、ジョイント部の摩耗を示すサインです。音が大きいほど摩耗が進んでいると考えてよいでしょう。
これらの症状が1つでも当てはまる場合、そのまま走行を続けることはリスクです。放置するのはダメです。
特にトラックは車両重量が大きく、ハンドル操作の狂いが乗用車以上に深刻な結果につながります。緊急回避が必要な場面で思い通りに操舵できなければ、人身事故につながる恐れがあります。
実際に、2022年にUDトラックス「クオン」でピットマンアームのテーパーセレーション部の寸法が不適切なためにセクターシャフトとの嵌合が緩み、ガタつきが発生するという不具合がサービスキャンペーンの対象となっています。電子制御操舵システム(UDAS)搭載車が対象で、全車両のピットマンアームを良品に交換する対策が取られました。メーカー車両でさえ、こうした不具合が発生するのです。
参考:UDトラックス クオン ピットマンアームのサービスキャンペーン情報
UDトラックス「クオン」ピットマンアームのガタつき不具合・対策内容(クロネコリコールドットjp)
ピットマンアームの点検は、専門工場に依頼するのが基本ですが、日常的な確認作業としてドライバー自身でも異常を早期発見できる方法があります。点検方法は意外とシンプルです。
まず、車両をリフトアップせずにできる「ハンドル操作による確認」があります。エンジンをかけた状態でハンドルをゆっくり左右に動かし、実際のタイヤが動き始めるまでに「遊び」がどれだけあるかを確認します。一般的なトラックのハンドルの遊びは30mm以内が基準とされており、これを大きく超えるようであればステアリング系統の点検が必要です。
より詳しい点検はリフトアップして行います。フロントタイヤを浮かせた状態でタイヤを手で左右に揺さぶり、ピットマンアームとドラッグリンク接続部に「ガタ」がないかを指で触れながら確認します。1mm以上のガタがあれば交換の検討が必要です。
また、いすゞのリコール事例(2015年届出、No.3694)では、中型トラックのダンプ・ミキサー仕様車においてハンドルを右操舵した際にピットマンアームとドラッグリンクブーツが干渉するという保安基準不適合が発覚し、全車両のブラケット・ステーの交換対策が実施されました。この事例からも、ブーツの状態確認が点検において重要な意味を持つことがわかります。
車検での判断基準についても押さえておきましょう。ステアリング系統の整備不良(ガタが規定値を超えている、ブーツが破損している等)は車検不適合の対象となります。ハンドルに大きなガタがある場合、そのままでは車検に通りません。
さらに、整備不良のトラックで走行した場合は道路交通法第62条違反となり、違反点数(制動装置等以外の整備不良で1点、制動装置等の整備不良で2点)に加え、大型車の場合は9,000円の反則金が科せられます。これが条件です。
参考:ステアリングのガタに関する車検判断基準
FAQ「ステアリングにガタがある場合の車検対応について」(トラック車検.jp)
ピットマンアームそのものは鍛造鋼製で耐久性が高く、適切にメンテナンスされていれば50万km以上使用できるケースもあります。しかし、接続部のボールジョイントやブーツ、嵌合部のセレーションなどは消耗品に近い扱いです。走行距離や路面環境によって劣化のペースは大きく異なります。
一般的な目安として、大型トラックでは走行距離20〜30万km前後でステアリング系統一式の点検・交換が推奨されることが多いです。中型・小型トラックでも10〜15万kmを超えた車両は注意が必要です。ただし、悪路走行が多い、過積載が常態化していた、定期的なグリスアップが行われていないといった条件では、さらに早く劣化が進みます。
費用の面では、ピットマンアームの部品代はトラックの車種・メーカーによって幅があり、純正部品であれば2万〜8万円程度が相場です。工賃は作業工数にもよりますが、ピットマンアームの取り外しには専用のピットマンアームプーラーという工具が必要で、一般的に1〜2時間程度の工賃(1万〜2万円)が加算されます。
なお、ピットマンアームを交換した後はホイールアライメントの調整が必須です。アライメントがずれたままでは、タイヤが偏摩耗してさらなるコストがかかります。交換とセットで実施することが基本です。
また、ピットマンアームを外す際には専用のピットマンアームプーラーが必要で、無理に外そうとするとギヤボックスのセクターシャフトを傷める危険があります。DIY交換は難易度が高く、整備工場への依頼が推奨されます。
参考:トラック修理費用の相場と整備業者の選び方
トラック修理の費用相場と信頼できる業者選び(上陽自動車株式会社)
ピットマンアームを交換する際に「ピットマンアームだけ新品にすれば大丈夫」と考えてしまいがちですが、これは見落としやすい落とし穴です。ステアリング系統の部品は互いに連動して動作しているため、1か所を交換しても周辺部品が摩耗していれば効果が半減します。
最も同時交換が推奨されるのがドラッグリンクです。ピットマンアームとドラッグリンクは常に一緒に動く関係にあり、一方だけ摩耗が進んでいる場合でも同様の症状が出ます。実際、「ピットマンアームを交換したのに症状が治まらない」というケースの多くは、ドラッグリンクのボールジョイントが摩耗していることが原因です。
タイロッドエンドも同時確認が必要な部品です。左右タイヤの向きを同期させるタイロッドのエンド部分にもボールジョイントがあり、ここが摩耗するとハンドルの遊びやシミー現象の原因になります。走行距離20万kmを超えたトラックでは、ステアリングリンケージ一式を一度にチェックしてもらうことが費用的にも合理的です。つまり「1か所だけ点検」では不十分なのです。
さらに見落とされがちなのがステアリングダンパーです。ステアリングダンパーはハンドルの振動を吸収するショックアブソーバーの一種で、シミー現象を和らげる働きを持ちます。ピットマンアームと並行して摩耗が進むことが多く、「シミーはあるがピットマンアームに問題はない」という場合はステアリングダンパーの劣化が原因のことがあります。これは使えそうです。
整備を依頼する際は「ステアリングリンケージ全体の点検もあわせてお願いします」と一言伝えると、見落としを防げます。1つの部品交換で済むかどうかは、実際に点検してみるまでわかりません。専門工場で確認してもらうことが条件です。
参考:ステアリング系統の定期点検と整備に関する基準
点検整備の必要性とメリット(全日本トラック協会)
「まだ走れるから」と整備を後回しにするドライバーは少なくありません。しかし、ピットマンアームを含むステアリング系統の整備不良は、交通違反として明確に罰則が定められています。厳しいところですね。
道路交通法第62条では、運転者は保安基準に適合しない状態の車両を運転してはならないと定められており、整備不良の状態で走行した場合は取り締まりの対象になります。ステアリング系統(制動装置等)の整備不良と判断された場合、違反点数2点・大型車9,000円の反則金が科せられます。
さらに、整備不良を原因とする交通事故が発生した場合は状況が一変します。整備不良車両で事故を起こした場合、運転者自身の過失に加え、車両の使用者(事業者含む)にも管理責任が問われる可能性があります。道路交通法第62条違反は刑事罰(3ヶ月以下の懲役または5万円以下の罰金)の対象にもなりえます。
加えて、事業用トラックの場合は事業者として別のペナルティが存在します。整備管理が著しく不適切と判断された場合、車両使用停止命令や最大50万円以下の罰金が科せられることがあります。使用停止命令に従わなければ、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金という重い処罰も定められています。
「異音がしているけどまあいいか」という判断が、後に数十万円のリスクに変わる可能性があるということです。ピットマンアームの交換費用(4〜13万円程度)と比較すれば、早期の対応は明らかに経済的です。
日頃からピットマンアームを含むステアリング系統の状態に注意を払い、少しでも異常を感じたら整備工場で点検してもらう習慣をつけることが、ドライバーとして最もコストパフォーマンスの高い選択です。結論は「早期発見・早期交換」です。
参考:整備不良による法的リスクと事業者への影響
もう少しだけが命取りに!トラックに多い整備不良箇所や運転リスク(買取王)

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