

W型エンジンは「エンジンが大きいほど車体も大きくなる」が常識ですが、実はW12気筒エンジンの全長はV6エンジンをわずかに延ばした程度のサイズに収まります。
W型エンジンとは、1本のクランクシャフトに対してシリンダーをW字状に配置したエンジンです。シリンダーのバンク(列)が3つある「3バンク型」と、4つある「4バンク型」の2種類が存在しますが、現在の主流はフォルクスワーゲンが開発した4バンク型です。
4バンク型は、狭角V型6気筒(バンク角約15°)エンジンを2基、さらにV字形に組み合わせた構造をしています。上から見るとほぼ正方形に近い形になっており、見た目だけでは「どこがWなの?」と思うほどコンパクトです。これが正式名称として「WR型」と呼ばれる理由でもあります。
V型エンジンは1本のクランクシャフトに対して2バンクのシリンダーを持ちますが、W型はそれを4バンクに拡張した形です。つまり、V型エンジンを2基横に並べたのに近い構成と考えるとイメージしやすいかもしれません。
V型との最大の違いは、全長の短さです。同じ12気筒で比べると、V12エンジンはエンジン全長が非常に長くなるのに対し、W12は4バンクに気筒を分散させることで全長を大幅に短縮できます。その短縮効果は、後述する走行性能にも直結する重要なポイントです。
W型エンジンの構造的な仕組みについて、より詳しくはWikipediaの解説も参考になります。
W型エンジン - Wikipedia|構造・歴史・搭載車種の詳細解説
W型エンジン最大のメリットは、エンジンの全長を大幅に短く収めながら、多気筒・大排気量を実現できる点です。
たとえばフォルクスワーゲンが開発したW12気筒エンジンの全長は、同じ12気筒のV12エンジンと比べてはるかに短く、V6エンジンと近いコンパクトサイズに収まっています。「はがきの横幅(約148mm)」を基準にイメージすると、V12エンジンはその3〜4枚分の長さになりますが、W12はV6の1.1〜1.2倍程度の全長に抑えられているのです。これは設計上、非常に画期的な数字です。
なぜこれが重要かというと、エンジンが短ければ車室やトランクスペースを圧迫せずに12気筒という高性能エンジンを搭載できるからです。通常、V12エンジンを採用しようとすると車体全体を大きく設計する必要がありますが、W12なら車格をそれほど大きくしないままフラッグシップ級のパワーを与えられます。これがコンパクトに収まるということです。
フォルクスワーゲンは最上級セダン「フェートン」を横置きエンジン(FF)で設計しましたが、これが実現できたのもW12の短い全長のおかげです。横置きエンジンの車にV12を積もうとするとエンジンが横に長すぎて物理的に不可能ですが、W12なら横置きにも対応できます。エンジン全長が短い、これだけ覚えておけばOKです。
W型エンジンのもう一つの大きなメリットは、コンパクトなボディサイズのまま気筒数を増やし、強力な出力を得られることです。
気筒数が多いと何が嬉しいのでしょうか? クランクシャフトが1回転する間の爆発回数が増えるため、回転がより滑らかになり、アクセルを踏んだ瞬間から力強いトルクが生まれます。また、一つひとつの気筒が受け持つ仕事量が分散されるので、エンジン全体にとって余裕のある状態で大パワーを発揮できます。
W型エンジンは自動車に搭載可能なエンジンとして最多クラスの気筒数を実現できます。フォルクスワーゲングループの最高峰ブランドであるブガッティは、W16(16気筒)エンジンを搭載したスーパーカー「シロン」を2016年から2024年まで製造しました。8.0L・4基ターボのW16エンジンは最高出力1,103kW(約1,500馬力)、最大トルク1,600Nmという規格外のスペックを誇り、時速480kmを超える速度記録を樹立しています。同じ16気筒をV型で実現しようとすると、エンジン全長が現実的でないほど長くなってしまいます。
つまり、W型レイアウトがなければ、ブガッティのような超高性能カーはそもそも成立しなかったといっても過言ではないのです。高出力と多気筒化、これが条件です。
ブガッティ・シロンのW16エンジンについての詳細技術解説はこちら。
ブガッティ・シロン 世界記録達成のW16エンジン|Motor-Fan Tech
W型エンジンには、気筒数が多いことに由来する振動の少なさと静粛性の高さというメリットもあります。
一般的に気筒数が多いほどエンジンの回転が滑らかになります。なぜなら、クランクシャフトが1回転する間に起きる爆発の回数が増え、一回ごとの振動が細かく分散されるからです。12気筒エンジンを4気筒エンジンと比べると、同じ排気量でも振動の間隔はおよそ3倍細かくなります。回転のムラが少ないということですね。
これがW型エンジンの静粛性につながっています。特にベントレーのコンチネンタルGTやアウディA8のような高級車では、乗員が感じるエンジンの振動や不快なノイズを極力抑えることが求められます。W12エンジンを搭載した車は、アクセルを深く踏んでも室内に伝わるエンジン音が低く落ち着いており、フェラーリやランボルギーニのV12エンジンとは異なる「落ち着いた品格ある響き」が特徴です。
ただし、W12エンジンは構造上3気筒エンジン4基という考え方になるため、純粋なV12と比較すると振動は若干増える面もあります。それでも12気筒エンジン全体として十分な静粛性を確保しており、高級車にふさわしいレベルが維持されています。W12が高級車に多く採用される理由の一つがここにあります。
フォルクスワーゲングループのW12エンジンの技術的な背景についてはこちらも参考になります。
世界でもっとも奇抜な構造の量産多気筒エンジン W型12気筒|Motor-Fan
W型エンジンには、走行時の重量バランスを整えやすいという、あまり語られないメリットもあります。これは独自視点のポイントです。
エンジン全長が短いと、搭載時に前輪の中心軸より後方にエンジンを収める「フロントミッドシップ配置」が実現しやすくなります。フロントミッドシップとは、エンジンをフロントに置きながらも前後の重量配分を限りなく50:50に近づけるレイアウトのことです。重量物であるエンジンが車体中央寄りに配置されると、慣性モーメントが小さくなり、コーナリング時の応答性が大きく向上します。
たとえばW12を搭載したベントレー・コンチネンタルGTは、単なるグランドツアラーではなくニュルブルクリンクのようなサーキットでもトップタイムを記録しています。それほどの走行性能を持てる背景には、W12エンジンの短い全長がもたらす重量バランスの良さが貢献しています。
もちろん車体重量自体は2,000kg超と重いのですが、重量の配置バランスが整っているため、スポーツカーに迫る運動性能を発揮できるのです。これは使えそうです。
エンジンが短い=重量バランスが整いやすい、この連鎖がW型エンジンの「隠れたメリット」といえます。
| エンジン形式 | 同気筒数での全長 | 重量バランスへの影響 |
|---|---|---|
| 直列6気筒 | 長め | フロント寄りになりやすい |
| V型12気筒 | 中程度〜長め | フロント寄りになりやすい |
| ✅ W型12気筒 | 短い(V6比較) | 前後バランスが整えやすい |
| W型16気筒 | 中程度 | 多気筒ながら収まりが良い |
W型エンジンを搭載しているのは、現在のところフォルクスワーゲングループのブランドに限られています。なぜ他社が採用しないのかというと、フォルクスワーゲンがW型エンジンの根幹となる技術(特に狭角VR型エンジンとその連結構造)について特許を保有しているためです。同様の機能を実現しようとすれば、まったく異なる設計アプローチが必要になります。
現在または過去にW型エンジンを搭載した主な車種は以下の通りです。
| ブランド | 車種 | エンジン型式 | 最高出力 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| フォルクスワーゲン | パサート W8 | W8 / 4.0L | 202kW | 2001〜2004年頃 |
| フォルクスワーゲン | トゥアレグ W12 | W12 / 6.0L | 330kW | 世界限定500台 |
| アウディ | A8 L W12 | W12 / 6.3L | 368kW | 2018年以降廃止 |
| ベントレー | コンチネンタルGT | W12 / 5.95L | 467kW〜 | 現行モデルも設定あり |
| ブガッティ | ヴェイロン | W16 / 8.0L | 736kW | 2005〜2015年 |
| ブガッティ | シロン | W16 / 8.0L | 1,103kW | 2016〜2024年(完売) |
なかでも注目すべきはアウディA8です。W12搭載グレードの中古車は2026年現在、状態の良いものでも1,000万円前後から流通しており、新車では2,000万円超だったことを考えると、W型エンジンを実際に体験できる選択肢として現実的な存在といえます。
またベントレー・コンチネンタルGTは2024年に生産終了したW12エンジン搭載モデルから、新世代のパワートレインへ移行が進んでいます。W型エンジンは電動化の波によって縮小傾向にあり、現在入手できる車種は少なくなってきているのが実情です。稀少性という観点でも、W型エンジンが持つ独自の魅力は増しています。
W型エンジンの歴史と今後については、以下の記事に詳しく解説されています。