

あなたの隣を走る車が、あなたより先に危険を知っている。
「セルラーV2X(Cellular Vehicle to Everything)」、略してC-V2Xとは、4G/LTEや5Gといった携帯電話の通信ネットワークを活用して、自動車とその周囲のあらゆるものをリアルタイムでつなぐ無線通信技術です。「V2X」の「X」は「Everything(あらゆるもの)」を意味し、車が通信する相手は多岐にわたります。
具体的には、次の4つに分類されます。
セルラーV2Xは、国際標準化団体「3GPP(3rd Generation Partnership Project)」によって標準化が進められており、2016年9月に初期仕様が公開されました。つまり、スマートフォンで使われているのと同じLTEや5Gの技術をベースにしているということです。これが基本です。
従来からある通信規格「DSRC(Dedicated Short Range Communication、狭域通信)」がWi-Fiベースの車両専用技術であるのに対し、セルラーV2Xは既存の携帯電話網を活用できる点が大きな強みです。ETCに代表されるDSRCは、すでに日本でも実績があり身近な存在ですが、セルラーV2Xはその枠を大きく超えた広域通信が可能になります。
セルラーV2Xの通信方式は「PC5」と「Uu」の2種類があります。PC5は、基地局を経由せず機器同士が直接通信する方式で、低遅延が求められる車車間・路車間・歩車間通信に適しています。Uuは基地局を経由するモバイルネットワーク通信で、より広いエリアをカバーするV2Nに使われます。状況に応じてこの2方式を使い分けることができる点が、セルラーV2Xの大きな特徴です。
参考:セルラーV2Xの基本的な仕組みと通信方式の詳細については下記を参照しています。
ケータイ Watch「第810回:セルラーV2X とは」
セルラーV2Xを理解するうえで、比較対象として必ず出てくるのが「DSRC」です。日本では高速道路のETC(自動料金収受システム)として広く普及しており、ドライバーにとってなじみ深い技術といえます。ただし、ETCに使われているDSRCと自動運転向けの高度なDSRCとでは、用途が異なります。
では、セルラーV2XはDSRCと比べてどれほどの性能差があるのでしょうか?
2018年、自動車と通信の業界団体「5GAA(5G Automotive Association)」が行った実証実験で、注目すべき結果が得られました。「90%以上の信頼性で車車間通信(V2V)が確立できる距離」を比較したところ、ほぼすべてのシナリオでセルラーV2Xがラジオ通信に対してDSRCの2倍以上の通信距離を達成したことが確認されています。5GAAはこの結果を受け、「通信距離だけでなく、信頼性の高さや遅延の小ささなど、さまざまな主要指標においてC-V2XがDSRCを大幅に上回っている」と結論付けました。
意外ですね。この差は、運転中の安全性に直結します。
たとえば、時速100kmで走行する高速道路では、1秒間に約27.8m進みます。通信距離が2倍になるということは、それだけ早く危険情報を受け取れるということです。ブレーキを踏んで車が止まるまでには制動距離が必要なため、情報をより遠くから受け取れる点は命に関わる差になり得ます。これは使えそうです。
一方で、DSRCとセルラーV2Xには互換性がありません。DSRCに対応した車はセルラーV2Xを使えませんし、その逆も同様です。1台の車に両方を搭載することも、コスト面から現実的ではありません。このため、業界全体で「どちらの規格に統一するか」という議論が続いており、トヨタ自動車は長らくDSRCを支持してきた一方、日産自動車やホンダはセルラーV2Xに賛同する姿勢を示しています。
規格の二極化は、ドライバーにとっても無視できない問題です。購入する車がどの通信規格に対応しているかによって、将来的に受けられる安全サービスが変わってくる可能性があるからです。規格選択が条件です。
参考:DSRCとセルラーV2Xの性能比較・各社動向については下記を参照しています。
AutoCrypt「C-V2XとDSRCの違いと今後の展望、世界各国のV2Xの導入状況について」
セルラーV2Xが実用化された世界では、ドライバーの運転体験はどう変わるのでしょうか。最もインパクトが大きいのは「死角事故の減少」です。
日本では交通事故死亡者のうち二輪車や歩行者を含む交通弱者が約7割を占めているとされています(ソフトバンク・ホンダ共同検証資料より)。この多くは「見えなかった」ことが原因です。路上駐車車両の陰から飛び出してくる子ども、見通しの悪い交差点から近づく自転車——これらをドライバーが視認する前に、車が通信で検知できるのがV2Pです。
ソフトバンクと本田技術研究所が実施した検証では、次の3つのユースケースが確認されました。
また、2024年6月にソフトバンクとHondaが新東名高速道路の建設中区間で実施した検証では、セルラーV2Xを活用した「デジタルツイン」による事故リスク予測が成功しています。路側センサーで非コネクテッドカーの動きも集約し、数秒先のリスクを予測してコネクテッドカーに通知するという内容です。つまり「通信機能のない車の動き」まで予測に組み込んでいるということです。
高速道路での実証実験では、二輪車が急な車線変更を行うシーンを想定し、周囲の車両に事故リスクを事前通知することで回避行動が取れることを確認しました。バイクに乗っている方にとっても、この技術は大きな安心材料になる可能性があります。
セルラーV2Xの安全面での恩恵をいち早く受けたい場合は、購入候補の車が「コネクテッドカー」であるかを確認するのが現実的な第一歩です。現時点では対応車種は限られていますが、日産・ホンダを中心にセルラーV2X対応車の開発が進んでいます。まず購入前に確認するのが原則です。
参考:ソフトバンクとHondaによる事故低減ユースケース検証の詳細は下記を参照しています。
ソフトバンク プレスリリース「セルラーV2Xを活用した車両や交通インフラの情報連携による事故リスクの予測と通知」(2024年6月)
日本国内でのセルラーV2Xの普及は、官民両面で着実に進んでいます。ただし、現時点ではまだ「実証実験段階」というのが正直なところです。
日本初のセルラーV2X共同実証実験は2018年に実施されました。日産自動車・OKI・NTTドコモ・Qualcommなど6社が連携し、茨城県の日本自動車研究所(JARI)の城里・つくばテストコースで行われたものです。この実験では、V2V・V2I・V2P・V2Nの4種類すべての通信形態の有効性が確認されています。
その後、2021年11月にはNTTドコモが5.9GHz帯に対応したセルラーV2Xの実証実験環境を構築。さらに2023年3月、ソフトバンクとHondaが新東名高速道路の建設中区間で路車協調の実証実験を開始し、2024年6月にはその成果として「デジタルツインによるリアルタイム事故リスク予測」を発表するに至りました。
政策面では、総務省が「自動運転時代の"次世代のITS通信"研究会」を通じて技術検討を加速させており、現在日本で使われている760MHz帯から国際標準である5.9GHz帯への周波数移行を2030年を目標に推進しています。これにより、通信容量が大幅に増加し、より高度な協調型自動運転が実現可能になります。
世界に目を向けると、中国が最も先行しています。世界で初めて5.9GHz帯をセルラーV2X専用帯として開放し、2021年時点で5G対応のセルラーV2X車を市販化した唯一の国となっています。また、米国でも2020年にFCC(連邦通信委員会)がDSRC専用帯を「Wi-Fiとセルラー V2X」に再分割することを決定し、Ford・GM・Stellantisなどの主要メーカーがセルラーV2Xへの一斉移行を表明しました。
| 国・地域 | 主な動向 | 現在のステータス |
|---|---|---|
| 🇨🇳 中国 | 5.9GHz帯を専用解放、国家戦略として推進 | 5G対応セルラーV2X車を市販化済み(2021年) |
| 🇺🇸 アメリカ | FCCがDSRC帯をセルラーV2Xへ再分割(2020年) | バージニア州など複数州で先行サービス実施中 |
| 🇩🇪🇪🇺 ヨーロッパ | Audi・BMW・Mercedes Benzなどが5GAA主導で推進 | 5G遠隔制御運転の試験中 |
| 🇯🇵 日本 | 総務省が5.9GHz帯移行を2030年目標に推進 | 新東名・JARI等で実証実験進行中 |
日本のドライバーにとっては、2030年前後が一つの転換点になるとみられています。それまでの間も、コネクテッドカーの購入時にセルラーV2X対応かどうかを意識しておくことが、将来の恩恵につながります。
参考:日本および世界のV2X普及動向については下記を参照しています。
AutoCrypt「V2Xとは?普及に向けた国内動向と今後の課題(2025年版)」
セルラーV2Xは大きな可能性を持つ技術ですが、普及に向けた課題も正直に把握しておく必要があります。厳しいところですね。代表的な課題は「通信障害への脆弱性」「セキュリティリスク」「規格統一の難しさ」の3点です。
通信障害への脆弱性については、2022年7月に起きたKDDIの大規模通信障害が一つの教訓となっています。この障害では最大3,589万人のユーザーが影響を受け、トヨタ・マツダ・スズキが販売するコネクテッドカーの一部機能(緊急通報システム・カーナビの交通情報・エアコン遠隔操作など)が使えなくなりました。セルラーV2Xは4G/5Gネットワークを基盤としているため、通信障害はそのまま車の機能障害に直結します。緊急通報が使えなくなるのは、特に深刻です。
セキュリティリスクについては、コネクテッドカーへのハッキングが現実的な脅威として存在します。2015年にセキュリティ研究者のCharlie MillerとChris Valasekが行った実験では、車両のWi-Fi接続サービスの脆弱性を突いて遠隔からアクセルやハンドル、ブレーキを操作することに成功しています。通信経路が暗号化されていても、利用するソフトウェアに脆弱性があれば制御を失うリスクがあるということです。自動運転が普及するほど、このリスクは無視できなくなります。
規格統一の難しさについては、DSRCとセルラーV2Xの二択問題が依然として解消されていません。トヨタが長年DSRCを支持してきた一方、FordやGMはセルラーV2Xへ移行した経緯があります。日本でも、現在のITS向け760MHz帯から5.9GHz帯への移行プロセスは、既存の放送事業用無線局との調整が必要で、複雑な周波数再編が求められます。政府は2027年度までに調整を完了し、2030年頃の本格運用を目指していますが、道のりは簡単ではありません。
さらに、セルラーV2Xの真価を発揮するには、車だけでなく周囲のインフラ整備が欠かせません。現時点でトヨタのITS Connectに対応するインフラが整備されているのは、愛知・東京・神奈川などのごく一部の地域に限られています。V2X対応車を買っても、対応インフラがない地域では恩恵を受けにくいという現実があります。対応エリアの確認が条件です。
これらの課題を踏まえると、セルラーV2Xが「日本中のドライバーが当たり前に使える技術」になるには、もう少し時間がかかりそうです。ただ、技術の方向性としては確実にセルラーV2Xが主流になりつつあり、今のうちから基本知識を持っておくことは損になりません。
参考:コネクテッドカーの通信障害問題・V2Xのセキュリティ課題については下記を参照しています。
AutoCrypt「V2Xの今後の課題(セキュリティ・通信障害・規格統一)」